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8 月 鮎・しかえしの巻

釣り場を変わる時に挨拶がてら、よく状況を
聞くことがある。こちらの挨拶に大抵の人は
返事をしてくれる。
時には、自分が釣っていない場所まで教え
てくれる親切な人までいる。

「どうです?」「・・・・・。」
「追いますか?」「・・・・・。」
いつも通りに問いかけたが、反対に睨み返され、あげくのはてに、
「バカヤロー、帰れ、帰れ!」
見ず知らずの、酒焼けのした赤黒い肌の爺さんに怒鳴られてしまった。
キツネにつつまれたようなこちらの顔を見て、もう一度睨みつけて、
「川は広いだろう、他へ行け!」

石川県の南部を流れる手取川を、鮎釣りのホームグランドにして、幾久しい。
友釣りを覚えた頃は、やれ九頭竜川だ、やれ神通川だ、それ長良川だと走りまわ っていたが、年と共に、自宅より25分の手取川へ釣行することが多くなってきた。
この川は暴れ手取と異名を取ったほどの大河だったが、手取ダムが完成し、 その上、七ケ用水の取水がひどく、昔の面影はない。
夏場には水が切れてしまう事もあるほどだ。
だが、天然遡上のヒレの長い地鮎が多く、申し訳程度の放流鮎を押しのけて追っ てくるのが嬉しい。

8月中旬、いつもはこの地鮎を狙って中流域でオトリを泳がすのに、今日は水量 が極端に少ない。しかたなく上流の放流鮎を狙いに江津橋まで来てみたら、冒頭 の爺さんの暴言だ。
「ハハァー、これだな。」ピーンとくるものがあった。
先程、入川道より河原へ降りてすぐに、いつものように、
「どうですか?」と近くの釣り人に聞くと、
「マァマァかな。」
「この先の下流のトロ瀬はどうですか?」
「下流ねぇー。行けばわかるが、やめといたら。」
と、ニヤリと笑った。
ここからは見えないが、そこは一抱え程の石がビッシリとはいったトロ瀬の好ポイ ントのはずなんだが・・・。

行くなと言われれば、元来のアマノジャク、足が自然とそちらに向いた。
愛用の競技スペシャル引抜き早瀬9mをかつぎ、300mほどの起伏のある河原を エッチラ、オッチラ来てみれば、この好ポイントに爺さんが一人っきり。
ここで”帰れ!”と言われても、重い荷物をかついで300mも来た重労働を何とし てくれる。向こうの橋下は両岸から10m間隔の人、人、人なのに、こちらは一人の
釣り天国。
かといって、竿は出しずらい雰囲気。しかたなく、後ろで眺めながら、
「いい型がきましたね〜。」
「うまく追わせますね〜。」
など、オベッカを使ってみるが無視される。
頭を掻きながらよく観察すると、コロガシの竿に天井糸のような水中糸、キーホールダーまがいのハナカン、大きなオモリ、おまけに、ポイント上に仁王立ちだ。

10分程見ていたが、それ以上何も言わないので、お互いの了解が成立したと勝手に解釈し、遥か離れた隅のほうで竿をいれた。
間髪を入れずに「オイ!]と怒鳴る声。
「その石より、こっちに来るな!。」
大きな石を指さしている。 爺さん側の陣地は約80m、こちらは20mあるかなし。適当に了解の合図を送り、”腕はともかく、仕掛けじゃ勝ちじゃ!”とほくそ笑む。
ゼロゼロセブンの水中糸に引かれたオトリが、すぐに野鮎を掛けて来た。
すぐに引き抜き、オトリを替えれば叉掛かる。
”入れ掛かりだーい。ザマァミロー。”と、調子にのり過ぎ、7〜8匹目で痛恨の根掛かりをさせてしまった。
腰くらいの深さなので外しに入ったら、川底の石は新ゴケでツルツル、危うく転ぶところだった。 瞬間、一計が閃めいた。
それまでコソコソと釣っていたのを一転、
「ウワァー、また来た。」
「入れ掛かりや−。」

知る人ぞ知る、東レの鮎ロマンポルノ”裸の村田 満”そのものだ。
5〜6匹追加したところで、案の定、声がかかった。
「場所交代の時間や。」
知らないうちに、爺さんが後ろに立っていた。
嬉しさを隠して、上流へシブシブ移動。
ここもよく追ってくれるが、気持ちは釣りには無い。”あのオモリでは必ず根掛かりするはずだ。早く、早く!”と祈っている。
すると、やおら爺さんが川の真中に入って行く。
思惑どおり、もののみごとにひっくり返り、全身ドブネズミ。
オマケに立ちあがろうとして、もう一度ザブン!。
「ヤッタァ−。」つい、声が出てしまった。
 あまりの嬉しさに、そそくさとオトリを引き船の中にしまい、
「ゴクローサン、がんばって−。」
捨てゼリフを残して帰ろうとしたとたん、目の前の石に向こう脛をしたたか打ち付けてしまった。

人を呪わば何とかのおそまつ・・・。
 

−鮎三昧−
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