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10 月 アジの干物

丸々と太ったねこが、濡れ縁の上に置いたクーラーボックスに座り、うらめしそうに身悶えしている。
その目線は軒先に吊るされた、三段になった青い干物カゴに注がれている。
先ほどから何度も飛びつくが、どうしても届かないのだ。
「ザマァー見ろーだ!。」
1万円ほどもする高価な干物を、そうやすやすと横取りされてたまるか。

10分ほどであきらめて立ち去るノラ猫のうしろ姿を窓から眺めながら満足 感にひたった。

「先輩、釣りに行きましょ。」
後輩の熊五郎からの誘いの電話だ。 本名は熊坂 五郎だが、いつのまにか皆にそう呼ばれている。
名前に似合わず気の良い男だが、彼の釣り情報はいつも曖昧だ。
どこどこで何が何匹と言う話しに生返事をしながら、頭の中はあの磯、この防波堤とかけ巡る。
 10月中旬では落ちギスだが、投げるのが面倒臭い。メバルには早すぎて、 結局アジの夜釣りに落ち着いた。
お互いに道具の話はせず、こちらは渓流竿に電気ウキの軽い仕掛けとシャレ込む事にした。  熊五郎は釣り道具屋に走ったのは、見なくてもわかる。

能登の皆月まで2時間という地の利を生かして、当然車で行く。
「あなた運転する人、私乗る人。」
と、先輩風を吹かせて熊五郎の運転する車にイソイソと乗り込み、一路、門前の皆月を目指した。
門前町は輪島の手前に位置し、最初は砂浜の海岸線が続き、奥手の猿山灯台下から皆月海岸に かけては荒磯となり、磯釣りのメッカとなっている。

うまい魚は食いたいが命も惜しいこちとらは、そんな危ない場所には近づかず、 常夜灯のある小さな防波堤で釣り座を構える。
重装備をしてきた不本意そうな熊五郎を制して、用意してきたアミエビをパラリと撒くと、いるいる!。  波に漂うアミエビに中アジがパチャ、パチャと狂ったように突っ込んでいるではないか。
愛用の渓流竿を取り出し、0.8号のみち糸を張り、チモトに蛍光玉のつい たメバルバリの7号半をセット。
メバルバリの使用は、ここは良型のメバルのポイントでもあるので、助平根 性を少しだしているのだ。

水深は1ヒロ半ほどなので、オモリより1ヒロ上に電気ウキを取りつけた、 いたってシンプルな仕掛けにエサの沖アミを付けて戦闘開始。
薄暗い常夜灯の下で、リチュウムの電気ウキがスイッーと走り、グッと 手首を立てると糸鳴りりをさせて、右に左にと走り回る。
それを鮎の取り込みさながら引き抜くと、22〜23Cmの食べ頃のアジが 手元に飛び込んでくる。
同様のことを繰り返し、快調に数が伸びる。
ところが、釣り道具屋にだまされた、磯竿にサビキの熊五郎は根掛かり や、薄暗い中での手前マツリと大苦戦。
「オヤッ、熊坂大名人でもそんなことがあるんですね〜。」
彼の本名を呼ぶときはたいがいチャカしている時だ。
ふて腐れた熊五郎を横目に釣りも釣ったり、2時間ほどで40匹になった。
メバルは不発でも、充分すぎる釣果だ。
彼はといえば、まだ10匹にも充たず、一生懸命仕掛けのもつれを解いている。

ところが調子に乗りすぎたのか、はたまたハシャギ過ぎの天罰か。
竿を下に置いて、満天下の星空を眺めながら、得意満面、海に向かって立ち小便をして、 振り向いた瞬間、
「ベキッ!」
という悲しい音とともに、愛竿の根元を踏みつけてしまった。
嬉しそうな熊五郎を置き去りに、車中でふて寝になってしまうとは・・・。
オマケに帰り際に、
「今日は楽しかったですねェー。」
と、きつい一言で仕返しされてしまった。

そんな苦労のアジを近所へお裾分けをする気分にもなれず、タタキに塩焼きと頑張 ったが4人家族では意地を張っても限度がある。
問題は残ったアジの始末。
そこで、開いてタテ塩につけ込み、白ゴマを振って、アジの干物を作ったと いうわけだ。 その大事な干物をノラ猫くんだりに横取りされては、踏んだり蹴ったりだ。

諦めてスゴスゴと立ち去るノラ猫を見て、少しは慰めになったが、竿の 修理費の見積書を見ながら食べた干物の味は、少しも慰めにならなかっ たのは言うまでもない。

熊と猫は嫌いだ・・・。
 

−鮎三昧−
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