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1 月 クロソイとアベック

釣行記録によれば平成2年度のことだ。

その前年度の暮れ頃、七尾の下佐々波漁港 に私を含めた4人連れで夜釣りに出かけた。
金沢からそこに行くには、七尾市を通らずに羽咋市から山越えをして氷見市へ出て、海岸沿いを走ったほ うが楽なのだ。 仕事が終わってから出発したので、氷見に入ったのは夜11時を過ぎていた。

車中は好き者の集まり、闘志満々、やる気満々で充ちていたが、途中で困ったことが起きた。 宇波のトンネルが工事のために、夜11時から朝の4時まで通行止めになっていたのを誰も知らなかったのだ。
これでは当然目的地の下佐々波漁港に行けない。
いまさら引き返すわけにもゆかず、車から降りて呆然とトンネルを眺めるだけだった。 だが良く見れば漁港がすぐ横にあるではないか。しかし、誰も今まで宇波漁港での釣りは経験がない。 まして夜のことなので、浅いのか深いのかもわからない。
「4時までここでやろうぜ!それから佐々波に行かんかいや。」
と言うことで、宇波漁港で時間つぶしをすることになった。

漁港はむかって左側に赤灯台、右側に白灯台だが、右側が断然明るい。どうせロクなものは釣れない だろうと、釣りやすい明るい方を選んだ。 電気の下で海の中を覗くと深さが2mあるかなしで、濁っているにもかかわらず底がボンヤリ透けて見える。 周りにシモリ根が少しあるのがせめての救いか・・・。
誰もそんなに釣れるとは思ってないのがありありだ。

そんな中、一人だけメバル用の仕掛けに川エビ(シラサエビ)をつけて釣り始め、あとの二人は竿も出さずにその 辺をウロウロしていた。
いつもなら真っ先に竿を出す私は、クーラーに腰掛けてタバコをいっぷく。
だがタバコの半分も吸い終わらないうちに、
「よしっ、きた!」
と言う声で、慌てて海中を覗き込むとリチュウムのウキが斜めに入って行くのが見える。 あとの二人も飛んで来た。竿を立てるも、大物なのかなかなか寄ってこない。 海中の逃げまどう魚の影を見ながら、
「黒鯛か?ナメラ(キジハタ)か?」
てんでんの予想に反して、取り込まれたのは30Cm前後のソイだった。
あっけにとられて海中を良く見ると、まだ数尾が、根から次の根へユラッと泳ぎ渡るのが見える。

さあ、それからが大変だ。二人分ほどの広さしかない釣り場に、四人分のウキがいっせいに並ぶ。 そして順次、誰彼の竿が曲がる。そして、とうとう朝までに一人あたり15尾前後、皆で60尾ほどの 良型クロソイを釣り上げてしまった。

それからの私は、雨が降ろうが雪が降ろうが”宇波漁港もうで”を続けていた。
仲間の、”呆れた”というような白い目線を無視して、せっせと一人で通い続けた。

年が代わって、1月も下旬の頃だ。
その日は朝から粉雪が舞い、非常に寒い日だった。こんな日は大して良い釣りはできないということが 分かっていても、あのクロソイの強い引きが忘れられずに、仕事が終わると宇波漁港に向かっていた。 アイスバーンの山越えをして、現地に着いたのは夜10時をまわっていただろうか。
車を漁港の片隅に止め、防波堤を見ると案の定誰もいない。雪の中、白灯が霞んで見えている。
今思えばそれはそうだろう、こんな雪の中、まして夜釣りをするなんざ、正気の沙汰とは思えない。 今日も一人で来ているのは、釣り仲間にも見放されてしまったからなのだ。
しかし、当の本人は自分の指定席が空いているのが嬉しくて、単純に喜んでいるのだから目出度い。
でもこんな天候で、当然釣りの方はいいわけがない。12時頃までに3尾しか釣れず、型も悪い。 やっと4尾目を釣り上げ、ハリをはずそうとした時に、寒さで手がかじかみ、魚をつかみそこねて しまった。チックといった感触の1〜2分後、左手に激痛が走った。どうやらソイのトゲに刺された らしい。腰から下が底冷えして、立っているのも辛いのに、おまけに手までしびれるように痛い。 さすがに我慢がきかなくなり、車の中に置いてある救急セット箱を捜しに戻ることにした。
戻って見ると、私の車と倉庫の間にもう1台のエンジンのかかった車が駐車していた。  しかし揺れ方が激しいので、なにげなく目をやるとすべてが理解できた。 左側が私の車、右側が倉庫、 前は高い防波堤。
三方囲まれた空間でアベックが事の真っ最中!。
ここには書けないスタイルだ。 まさか隣の空車の持ち主が近くで釣りをしていて帰ってこようとは彼らは夢にも思ってなかったのだろう。  漁師さんが港に車を置いとく事は良くあることだから・・・、でもねぇ〜。
私は困りはててしまった。
このまま立ち去るべきか?自分の車のドアを開けて何気なく振舞うべきか?このまま最後まで眺める べきか?アベックは天国だろうが、こちらは左指に激痛を抱えての大地獄。

あなたならどうしますか?
お前はスケベだから最後まで覗いただろう?って。
いえいえ、こんなものが突然目の前に降りそそぐと、 ビックリ仰天するだけなんですよ。
こちらにも心の準備というものがありますから。
どうして良いか分からなくなったというのが本音です。


私はハムレットのような心境だったが、意を決して何気なく振舞うことを選んだ。 自分の車のドアをドンと開け、頭を突っ込み、コンソールボックスの中のキズ判を取り出して、 指に巻いた。それからドアの鍵を閉めながら流し目でそちらを見ると、下になっていた女性の目と合っ ってしまった。彼らの痴態よりも、その驚いた目だけが今でも印象に残っている・・・。
それから、私は何事もなかったかのように釣り場へ戻った。しかし、何故か腹立しくてしかたがないのは、指の 痛さのせいだけではない。もちろんソイが釣れないせいでもない。
私が悪いのか、彼らが悪いのか考えると、防波堤の上よりウキを見ずに、その車の方ばかりに目が行く のはしかたがない。 やがて10分ほどしたら、車はライトをつけて走り去って行った。

事を済ませてしまって去ったのか、事を中断して去ったのかはわからないが、私に確実に分かった事は、 ソイの毒にはキズ判は全く効かないということだけだった。
もちろん、目の毒にも効きません。

宇波漁港のそのポイントは、今は砂で埋まってしまって昔の面影はない。
 

−鮎三昧−
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