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3 月 ヤマメとイクラ

渓流釣りには季節感があっていい。
石川県内の渓流は3月1日が解禁だ。
この日が来ると
”やっと春がきたな−。”
と、実感できるからだ。
この頃からヤマメも雪解け水に洗われて、
パーマークが鮮やかになってくる。

今年もその解禁日がやって来た。
私は岩魚釣り師のように渓流の奥深くまでは立ち入らない。
中流の鮎釣りのエリア近くで、ヤマメを狙うことが多い。
なぜならこの時期は北陸ではまだまだ雪が多く、海育ちの私には不向きなのだ。 それと渓流釣りは、鮎釣りが好きな私に取ってはそれまでの身体慣らし的な意味合いが強い ということもある。
とは言え、楽してたくさん釣りたい気持ちはやまやまだ。
前日の夜、仕掛けを作り、ヤマメバリ7号半にハリス0.3号と0.5号も10本ほど巻き、女房にオニギリを作って もらい、準備ばんたん整えた。
入川場所は手取川支流の大日川で、合流点より500m上流あたりの放流場所と決めてある。

当日の朝は生憎の雨模様。
現地到着は6時頃でまだ薄暗く、平日のことでもあり誰もいないだろうと、車中で朝食のオニギリを 食べ始めた。
だが良く目をこらすと、ポイントあたりに何やら黒い影が動く。
”しまった!”と思ったがあとの祭りだ。
だんだん明るくなるにつれて、ハッキリと見えてきた。もう二人も釣りをしている。
しょうがないので、腰を落ちつけゆっくりと食事をした。
1時間程したら、その内の一人が帰って行ったので、代わりに入ることにした。
釣れていれば動く訳が無いので、残った方に様子を聞けば、全くダメだとの答え。
水温を計って見れば、5℃前後と低い。これでは活性がないはずだ!
せめて8℃は欲しいが、無い物ねだりはできない。
案の定、餌を流せど流せどヤマメは全く反応してくれない。2時間ほどやってみたが、全く釣れる気が しないのであきらめてしまった。

それからは、車で川の上下をオロオロするばかりで、時間だけが過ぎて行く。
もう止めようかと思いながら下野大橋まで来たら、橋の真下に釣り人がいた。
橋上から模様を聞けば、ポツポツ釣れるとの答えが返ってくるではないか。
自分の腕前を棚に上げて、他人も釣れてないものだと思い込んでいたので、あわてて餌をたずねると、 イクラとの返事だ。私はキジとブドウ虫しか持っていない。
いやそれよりも、イクラ餌は今まで使ったこ とがないのだ。だが釣り師の悲しい性で、返事を聞くやいなや、釣り具屋に向かって車を走らしていた。

店に飛び込むと、意気込んで、
「イクラ下さい!」
「オイルにしますか?砂糖にしますか?」
「・・・あの〜、イクラですが・・・。」
「オイルにしますか?砂糖にしますか?」
「・・・・・・・イ、イクラを・・・。」
「ですから、オイル漬けですか、砂糖漬けですか?」
うかつにも私は、イクラにオイル漬けや砂糖漬けがあることを知らなかったのだ。
「砂糖は糖尿に悪いので・・・、オイルにします。」
トンチンカンな問答の末に、定価800円もする小瓶のイクラを何とか手に入れた。
その高価な小瓶を眺めながら、
「ヤマメの野郎はこんなグルメだったのか・・・。」
訳のわからない独り言をつぶやきながら、川にとって返した。
釣り師は楽天的でいい。準備をしながら、今晩の酒の肴はヤマメの塩焼きとフライでいいやと、 釣れたような気になっており、のうでんきなものだ。

ところが、その後も竿を振れど振れど、朝と何ら変わりはない。イクラで釣れないわけがないと、 夕方まで粘ってみたが、この日ヤマメは私にとうとう口を使ってはくれなかった。
ボーズの重い身体を引きずって、我が家にたどりつき、夕飯の食卓上の手巻き寿司を見て絶句した。 亭主の釣果をあてにしない女房もさることながら、具の中のイクラに680円の値札が貼られて いたのだ。

釣り三昧亭主の価値はヤマメよりも格下だった!
 

−鮎三昧−
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