第1回「挨拶(あいさつ)


お互いの様子を確かめ合いながら
積極的に関わり合っていくこと


日常会話の中でも馴染み深い「挨拶」という言葉。実は、この言葉は仏教の言葉です。「挨」は積極的に迫ること。「拶」は切り込んでいくことを意味します。ですから、「挨拶」というのは、お互いに積極的に関わり合いながら、人間関係を築いていくという行いなのです。

道元禅師様はみんなが仲良く、幸せな日々を過ごしていく上で、心がけていきたい4つの行い(菩提薩埵四摂法(ぼだいさったししょうぼう))を提示していらっしゃいます。その中の一つが「愛語」です。「愛語」は字の如く解釈すれば、「愛のある言葉」でありますから、「相手を思いやる慈しみや優しさからにじみ出る言葉」だと解釈することができるでしょう。と同時に、その言葉を用いることで、言う側も言われる側も、お互いに救われたり、成長したりすることができるという、いわば、双方が仏の悟りに近づいていける言葉が愛語なのです。愛語は“一方通行ではなく双方向ではたらく言葉”なのです。

かつて、あるご老師が、そんな「愛語」の具体的なものが“おはようございます”という朝の「挨拶」だとおっしゃっておられたのが非常に印象深いです。夜、「おやすみなさい」と挨拶を交わし、翌朝、目を覚ますことができた―要するに、元気に、そして、何事もなく次の日を迎えることができた―そんな喜びを「おはようございます」という挨拶によって、お互いに共有し合うからこそ、“おはようございます”という朝の「挨拶」が「愛語」になるというのです。

「挨拶」を交わすことで、お互いの存在を確かめ合い、認め合うことができる―それが「挨拶」の功徳(効果)であり、そうした自分から声をかけて、積極的に関係を作っていくことが「挨拶」なのです。とは言え、実際に、見ず知らずの人に声をかけにくいという面も否めません。それならば、せめて、顔見知りの人との挨拶くらいはきちんと行いたいものです。挨拶はお互いの心を和ませます。どんなときでも、自分から進んで挨拶をして、相手の心を和ませてみようではありませんか。「挨拶」がしっかりできることは、よき人間関係を築く上での基本です。まずは、自分の周囲の人にしっかり挨拶を行うことから、始めてみましょう。