第30回  「雪裡梅花只一枝(せつりのばいかただいっし)

「苦難を乗り越えることで、真の生き方に近づける」


高源院の住職を拝命した頃、少し殺風景な境内が色彩豊かになればと思い、花の栽培に意気込んでいた時期がありました。とは言え、私はそれまで花を育てた経験はほぼ皆無でありましたので、実際に育ててみると、勝手がわからず失敗することも多々ありました。

そんな失敗談の中から学ばせていただいたことについて触れさせていただきます。

ある秋の日、私はチューリップの球根を買い求め、きれいな花をたくさん咲かせようと意気込んでいました。ところが、そこまで意気込んでいたにも関わらず、すっかり鉢植えを忘れてしまい、気がつけば、3月の終わりを迎えていました。玄関で少し芽を出した球根たちにふと気づいたとき、ハッとした私は、いつも仏花を買いに行く花屋さんにその話をして、何か妙案はないか教えを請いました。。

花屋さんの奥さんの話では、「3月末では、球根を植えても花は咲くだろうが、あまり大きな花は期待できないだろう」ということでした。何でもチューリップの最適な植え時は10〜12月くらいだそうで、その理由はチューリップは冬の寒い時期に土の中でじっと耐えるからこそ、春になってきれいな花を咲かせるのだということでした。花屋の奥さんの明快なご説明に私は只々頷きながら、小さくてもいいから一本でもきれいな花を咲かせてほしと願い、プランターに球根を植えたのでした。

雪裡梅花只一枝(せつりのばいかただいっし)」という禅語があります。「雪裡」というのは、深い雪の中のことです。つまり、とても寒い場所のことであり、逆境的な厳しい状況をたとえた言葉です。そんな冷たい雪の中で耐えている一枝の梅の花というのは、いつか雪が融け、暖かい春が訪れたとき、きれいな花を咲かせることができるという―なぜならば、冷たい雪の中で耐え抜いたからに他なりません。

そして、それはチューリップや梅といった植物に限った話ではありません。人間だって同じではないでしょうか?苦しみや辛さに満ちた逆風吹き荒れる時期に、それに負けず、必死に耐えながら自分を磨くなど努力をした人ほど、追い風が吹いたとき、きれいな花を咲かせることができるのです。誰もがそんな経験があるのではないでしょうか?今、逆風で辛い思いをしている方がおいでるならば、どうか、そんなときこそ自分磨きに精を出し、いつか必ず吹いてくる順風に乗って、きれいな花を咲かせていただきたいと願うのです。

ちなみに、遅まきながら植えた球根は私の願いが通じたようです。その年の4月が冬に逆戻りしたかのように、ときには雪がちらつくような寒い日もあったおかげでしょうか、冷たい土の中で耐えたチューリップはすくすくと育ち、5月の初旬にきれいな花を咲かせたのでした。