第26回「利行③ 本当の幸せとは・・・?」


愚人謂(ぐにんおも)わくは、利他(りた)を先とせば、
自らが利省(りはぶ)かれぬべしと、
(しか)には(あら)ざるなり


私たち人間には、自分の周囲で幸せそうに見える人がいたら、ついつい羨ましくなり、嫉妬の念を覚えてしまうところがあります。自分も過去を振り返ってみると、何事もうまくいかなかった頃、幸せそうに見える人々への嫉妬心から、お恥ずかしい言動を取ってしまったこともありました。ところが、状況が好転し、乱れていた心が調いだすと、何であんなに恥ずかしいことをしてしまったのかと後悔したものです。最悪な状況下では頭に血が上っているので、まわりを冷静に見る余裕がなく、自分が何をやっているかさえわからなくなっていたのに、状況がよくなれば、その時の言動を忘れてしまうのですから、何と浅はかなことかと反省するばかりです。

嫉妬心が三毒煩悩から生み出されたものだとすれば、それによって、周囲に不快感を与えるような言動を取ることは人間として慎むべきです。そんな自分の中に沸き起こった三毒煩悩を上手にコントロールせずに言葉や行いを発する人間を道元禅師様は「愚人」と断じます。すなわち、「愚かな人」ということです。そんな人は、周囲が幸せそうに見えたりすると、どこか自分だけが損をしたような気になるのでしょう。他者の幸せに喜べなかったり、自分だけが損しているような気持ちになるようです。そうやって、だんだん自分の感情を制御することができなくなっていくのです。

ところが、自分より先に他人に幸せが訪れたところで、それが本当の幸せにはならないと道元禅師様はお示しになります。本当の幸せとは何なのでしょうか―。それは「皆が幸せになること」です。

令和2年4月現在、世界中が新型コロナウイルス(COVID19)の猛威に苦しんでいます。“コロナ禍”という言葉があるように、飲食業界や宿泊業界、観光業界は‶不要不急の外出を控えるようにとのお達し"の影響を受け、危機的な状況に瀕しています。私の場合、コロナによって依頼されていた布教の場が全てキャンセルになりました。見方によっては、これも同様の‟コロナ禍”になるのかもしれません。

しかし、私の場合、業務がキャンセルになったことで、今まで十分にできていなかった身の回りの整理整頓、たまっていた仕事の執行、経典祖録の研究等に時間を割くことができました。また、あるお檀家さんは学校の臨時休校措置で自宅にいる子どもたちに将来、自活したときに困らないようにと料理や洗濯、掃除等を教える時間にしているとおっしゃっていました。ある側面から見れば禍であることも、別の面から見れば幸せと捉えることもできるのです。自分のものの見方をプラスに転じることで、マイナスをプラスに転じられることも、この機会に知っておくべきでしょう。

しかし、皆の幸せということを考えたとき、いくら自分たちは前向きに過ごせていても、まわりで苦しむ人がいるならば、本当の幸せな状況ではないのです。

本当の幸せは一部の人だけが感じるものではなく、みんなで感じるものです。それが「利行」の説く“幸せ”です。新型コロナウイルスの一日も早い終息を願うばかりです。