第15回 「100歳の大往生 ―「精進」の生き様に学ぶもの―


(たと)い、百歳の日月(じつげつ)声色(しょうしき)奴婢(ぬび)馳走(ちそう)すとも
其中一日
(そのなかいちにち)
の行事を行取(ぎょうしゅ)せば一生の百歳を行取するのみに非ず、
百歳の他生(たしょう)をも()すべきなり

【お断り】 今回は住職が勤めさせていただいたあるご老師の通夜説教を編集し掲載させていただきます。


あるご老師が100歳の生涯を全うされました。「超高齢化社会」と呼ばれる昨今において、100歳のご生涯は大往生であったと思います。

ご老師の訃報を受け、お寺に弔問にお伺いいたしました。本堂の隣のお部屋で安らかに眠るご老師は長年、病に臥し、ご家族の介護を受けてこられたとのことで、実は私がお会いするのは、これが初めてでした。ご老師が眠るお部屋の床の間には100歳のお誕生日をお迎えになられたことに対する内閣総理大臣及び石川県知事からの表彰状とお祝いの品が置いてありました。

このとき、私は生まれて初めて経験する得も言われぬ感覚を覚えました。その感覚は、数年たった今も、私の中に根づき、日々を過ごしていく上での重要な視点になっています。それは「人の縁の不思議さ」です。それまでの私は人間同士のご縁というのは、生きている間に結ばれるものと思っていました。しかし、中には亡くなってから結ばれるご縁もあるのだということを、私は安らかに眠るご老師のお顔と100歳の長寿を祝う品々を拝見しながら、初めて知ったのです。

枕元での読経を終え、しばしの間、喪主であるお弟子様と会話する時間をいただきました。その中で、亡きご老師はかつて火災でお寺が全焼した際、自らの手でお寺を再建する決意をし、本堂から書院、墓地に駐車場と時間をかけながら、コツコツとお寺を復興させてこられたとのことです。お寺は開創五百数十年の歴史と歴代三十数名に及ぶ住職様によって今日まで護り継がれてきたとのことですが、お寺の歴史を語る上で、亡きご老師は決して、欠かすことのできない大きな存在です。今のお寺があるのもご老師のおかげであると同時に、私たちがそのお寺を通じて仏様とのご縁を結ぶことができるのも、ご老師の存在あってこそなのです。そのことを後世に生かされていく私たちは、しっかりと自分の中に念じ込んでおきたいものです。

今回、「修証義」に示されている一句はまさに、そんなご老師の100年の生き様を説いた一句のように思います。「仮に100歳まで生きることができたとして、その100年が“声色の奴婢と馳走(いつも何かに捉われて迷い続けていたり、誰かに使われ走り回っているような人生)”と言われるようなものであったとしても、その中のたった一日でいいから、仏祖が歩んだ道を歩んでみよう。そうすれば、100歳の人生は価値あるものになるであろう。」と道元禅師様はおっしゃいます。火災で全焼したお寺の復興に人生を捧げたご老師のご生涯は、このみ教えとピッタリと符合した“大往生”だったことを、再確認するのです。

前回、「精進」というみ教えについて、触れさせていただきましたが、ご老師の寺院復興もまた、「精進」そのものであるとも捉えることができるでしょう。どんなに堅い石も少量の水を流し続ければ、いつか必ず割れる日が来るようなものであるとお釈迦様はお示しになっています。これからの毎日を過ごしていく中で、何か一つでもいいから目標を見つけ、その達成を目標に、少量の水を流し続けていきたいものです。

ご老師はどんなに困難と思われるような目標も、そこに向かって、コツコツと努力していくことで、必ず達成できることを証明し、100年の生涯を終えられました。我々は果たして何歳まで生きられるかわかりませんが、私たちも亡きご老師のように、自分の人生の中で、たとえ一日でもいいから、仏の道を歩み、仏道を行じながら、「精進」を心がけて生きていきたいものです。