第29回「環境問題を考える」
令和2年2月11日付の北國新聞朝刊の社説には、「防災訓練情報」と題し、“正しく理解せねば危険招く”いう見出しが付されています。この記事によりますと、国の中央防災会議において、自治体から避難勧告が発令された場合、どのような行動をとればいいかを正しく理解できている人が30%にも満たないというデーターが出たことが紹介されています。
記事では引き続き、我が石川県が平成30年度に実施したアンケート結果を紹介しています。その結果は、避難勧告が出た場合、「避難を開始する」と正しく回答した方が66%だったとのことですが、同じ質問に対して、5年前の調査時は79%の方が正しく回答したそうです。
この事実を考えると、災害発生時における自治体の発令に対して、今一度、どのように行動すべきかを再確認する必要性があると記事は説きます。「避難勧告」は避難を開始すべきタイミングで発令されるものであり、「避難指示」は身の安全に配慮して速やかな避難が必要な場合に発令されるものです。その他、「避難準備・高齢者等避難開始」も加えると、3段階の避難行動があり、「避難準備・高齢者等避難開始」➔「避難勧告」➔「避難指示」の順で緊急度が高まるとのことです。
言葉だけ見れば、いずれも似たような印象を覚えますので、区別がつかぬままにしておけば、誤った理解や解釈をしかねません。普段の生活を見てみると、こうした似通った言葉に対して、その意味を正確に理解しないがために、誤った解釈につながる場面は多々あることに気づかされます。どうか、我が身に降りかかるかもしれない自然災害における言葉の正しい理解・解釈を通じて、日頃、自分たちが言葉に対して、どの程度まで正確に把握できているかを確かめ、正しい言葉の理解と使い方を目指す機会にしていきたいものです。
平成23年に発生した「3・11大震災」以降、地震や台風、雪害に猛暑など、あらゆる自然災害に対する関心が高まている今日この頃ですが、そうした災害の恐怖以上に恐るべき存在としてお釈迦様が提示していらっしゃるのが、私たちの「心」です。それは毒を発する蛇や、猛獣、盗賊でさえも超える恐るべき存在であるとお釈迦様はおっしゃいます。
確かに、自然災害等は恐ろしい存在ではありますが、自分たちの頭脳や行動力を駆使して、自然さえも人間の思い通りにコントロールしようとする人間の心が、自然を脅かし、環境破壊を引き起こしているということも否定はできません。恐ろしいことです。令和2年の冬の石川県内は類まれに見る暖冬で、一度も除雪に出ていません。令和元年の夏は猛暑日が続きました。地球温暖化の影響だという説も十分にうなずけますが、その背景にはお釈迦様がおっしゃる、最も恐るべき人間の心によって、生み出されてしまった状況ではないかと思わずにはいられません。
次世代に生かされる人々のためにも、自然環境にとって何がいいのかを正確に理解し、自分たちができることが何かをしっかりと把握して、日々の生活の中で実践していきたいものです。それが恐るべき私たちの心を制することにもつながっていくのです。