第5回「一佛両祖の懺悔(さんげ)

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう) 皆由無始貪瞋愚(かいゆうむしとんじんち) 従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう) 一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

既に仏祖の証明(しょうみょう)に依って、身口意業(しんくいごう)浄除(じょうじょ)して大清浄(だいしょうじょう)なることを得たり。是れ則ち懺悔(さんげ)の力なり


「仏祖の往昔(おうしゃく)吾等(われら)なり。吾等が当来は仏祖ならん。」(修証義第2章・「懺悔滅罪」)とあります。「今やお悟りを得た仏祖たる方々も、元々は我々と同じ凡夫であった。それが仏道修行に精進したことによって、仏祖となられた。我々凡夫も同じように修行に励むならば、仏祖となれるであろう。」というみ教えです。これは誰もが目標に向かって精進努力していけば、達成できるときが訪れることを指し示しており、まさに私たち凡夫に対する励ましの言葉であると捉えることができるでしょう。

考えてみれば、お釈迦様は35歳のとき、坐禅修行を通じて、悟りを得られましたが、それ以前の約6年間というのは、生老病死の現実に苦悩し、そこからの救いを求め、我が身を痛めつけるなどの苦行に励んでいらっしゃいました。道元禅師様といえば、24歳のときに中国に渡られ、阿育王寺(あいいくおうじ)や天童山の典座(てんぞ)(修行道場において、修行僧の食事作りを仏道修行とする僧侶)老師から仏道修行者の生き様を叩き込まれたことが、自著「典座教訓」から読み取れます。そして、瑩山禅師様は若かりし頃、有能な反面、短気な面もお持ちだったそうですが、ご自身の使命が仏法を世間に広め、人々の苦悩を救済することであるという自覚と、観音様を深く信仰しなさっていた母親の姿の想起によって、怒りの感情がコントロールできるようになり、表情も穏やかになっていったことを、自著「洞谷記(とうこくき)」(※)の中で述懐なさっています。

そうした最初は凡夫であった人間が、仏道修行を続けていく中で、仏に近づき、悟りを得るのは、「懺悔」によるものなのです。自分の罪過(仏のみ教えから背いた行い)を意識し、二度と行わないことを誓うのが「懺悔」でしたが、それを言葉によって、我が身に念じ込んでいく上で欠かせないのが「懺悔文(さんげもん)」です。

我昔所造諸悪業(かしゃくしょぞうしょあくごう)(我、昔より造りし所の諸の悪業は)
皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)(皆無始の貪瞋痴に由る)
従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)(身口意従り生ずる所) 
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)(一切を我、今、皆、懺悔する)

この「懺悔文」が説かんとしているポイントを以下に示させていただきました。
(1)私たちの悪事は自分の中に発生した三毒煩悩(貪り・瞋り・愚かさ)によるものであるということ
(2)三毒煩悩は自分の身体・言葉・心から発生するものであるということ

私たちは事が思い通りに進まないなどして、自分に被害が及ぶと、周囲のせいにするなどして、他者に責任を転嫁しがちです。しかし、この「懺悔文」にもありますように、原因は全て自分にあるのです。自分の中に発生した三毒煩悩を調整することなく、表に出すから、被害を受け、苦悩を抱えてしまうのです。

そのことを押さえ、二度と過ちを繰り返さないよう、三毒煩悩を表出させぬよう、自分の身口意をきれいにすることを心がけて日々を過ごす―それが「身口意業を浄除して大清浄なることを得たり」の意味するところです。

そうした「懺悔の力」によって、身心を清浄に調えた大清浄なる存在が、お釈迦様・道元様・瑩山様といった一佛両祖なのです。そして、そんな一佛両祖の生き様を見習っていくことが、私たちのあるべき生き方なのです。


※洞谷記 瑩山禅師様の永光寺(ようこうじ)(石川県羽咋市)在住期間中の記録や置文が収録された一冊