第63回「知足の発見 −お釈迦様の成道(じょうどう)―」


不知足の者は富めりと(いえど)も、(しか)も貧しし。
知足の人は貧しと雖も而も富めり。
不知足の者は常に五欲の為に()かれて、知足の者の為に憐愍(れんみん)せらる、
是れを知足と名づく。


「知足」というみ教えについて、今回も足るを知らぬ“不知足の者”と対比させながら、説き示されています。こうした対比を通じて、教えをいただく側は、自己の日常を振り返りながら、不知足の言動を省み、知足の生き方を目指していけるようになるような気がいたします。

「不知足の者は富めりと雖も、而も貧しし」−「足るを知らぬ者は、裕福なのに、満足する方法を知らないがために、その心遣いや人間性が貧しい」とお釈迦様はおっしゃっています。

それに対して、「知足の人は貧しと雖も而も富めり」とあります。「足るを知る者は、どんなに貧しい生活を送っていても、人間性が豊かで、心遣いも温かい」とお釈迦様はおっしゃっているのです。

誰しも立派な豪邸に住み、大金を持ち、使用人を雇い、ご馳走をいただき、高級品に囲まれた生活をしてみたいと思った経験があると思います。しかし、いざ、そんな何不自由ない裕福な生活を送ってみると、必ずや虚しさを覚えるときがやって来るのではないかという気がします。そして、その虚しさが仏のお悟りへとつながることもあります。

それを証明してくださっているのがお釈迦様です。お釈迦様は幼くして実母を亡くされたがために、母のぬくもりを知らぬものの、将来の国王という地位を保証され、何不自由ない生活を送っていました。ところが、青年期に差し掛かった時、お城の窓から外を眺めると、自分と同じ人間がある者は老いの苦しみを味わっていたり、また、別のある者は病気の苦しみの真っ只中であったり、また、別のある者は死の苦しみを味わっているという、私たち人間が誰しも経験する生老病死の現実を目の当たりにされ、苦悩されたといいます。そして、お釈迦様は、その苦悩から救われたいという一心で、将来の保証された地位や裕福な生活を捨て、一修行者としての道を選ばれました。お釈迦様が29歳のときです。初めは自分の身体を痛めつけるなどして苦悩に耐える修行を行っていたお釈迦様でしたが、6年後、35歳の12月8日の明け方、坐禅修行を通じて、ついに悟りを得るまでに至りました。これが「成道(じょうどう)」です。

たとえ裕福な生活であったとしても、そこに自分が合点し、満足したり、感謝の意を表したりすることができない限り、不平不満を生み出しかねません。そのことをお釈迦様はご自身の体験を通じて体得されたからこそ、「知足」というみ教えが生み出されたのではないかという気がします。思うに、坐禅修行を通じて、悟りを得たお釈迦様は、このとき、足るを知る“知足の者”となられたのではないでしょうか。そして、過去のご自身を“不知足の者”と捉え、憐愍(憐みの目で見られること)なさったのではないでしょうか。「不知足の者は常に五欲の為に牽かれて、知足の者の為に憐愍せらる」とあります。五欲というのは、私たちの五根(眼・耳・鼻・舌・意)から生ずる五つの欲望です。いつも五欲に捉われては、足るを知らぬまま、いつまでも人間として成長することのないまま、その人間性も深まっていかないのです。だから、足るを知る者から憐愍(憐みの目で見られること)されるです。

こうやって見ていくと、お釈迦様の成道というのは、「知足の発見」だったのではないかという気がしてまいります。このことに気づいたとき、仏教のみ教えの縦横無尽の深さに触れ、全身に衝撃が走るのを覚えたのです。