第18回「不妄語戒(ふもうごかい) 仏の言葉・仏の行い・仏の心遣いを目指して

第四不妄語。法輪は(もと)より転ずれば、(あま)ることも無く、欠くることも無し。甘露(かんろ)一潤(みなうるお)せば、(じつ)()(しん)()るなり。


現在、人気絶頂の女優・浜辺美波さんと俳優・横浜流星さんのW主演で令和2年夏に放送されたテレビドラマ「私たちはどうかしている」(日本テレビ系)の中で、ドラマの舞台となった老舗和菓子店「光月庵(こうげつあん)」の座敷の床の間に「不妄語戒」と書かれた掛け軸がかかっていました。ドラマの中で、浜辺さん演じる和菓子職人・花岡七桜(はなおかなお)が横浜さん演じる光月庵御曹司・高月椿(たかつきつばさ)に掛け軸の意味を問う場面がありますが、「嘘をつけば地獄に落ちるという意味がある」と説明されていました。「第四不妄語」―“妄語”が意味するのは、そんな“嘘”、すなわち、“真実ではない言葉”です。

「第一不殺生」は「殺生をしないこと」ということを通じて、「周囲のあらゆる存在を認め、そのいのちを生かすこと」が示されていました。「第四不妄語」も、それと同じ視点によって示されています。すなわち、「嘘をつかないこと」を原点として、「真実の言葉を使い、真実の所作を行ずること」が説かれているのです。つまり、周囲に存在するいのちに対して、その存在を認め、相手と丁寧に関わる心を以て真実の言葉や行動を発していくことが「不妄語戒」なのです。まずは、そこを押さえておきたいと思います。

この「真実」というのは、意味も広範囲で抽象的な印象がありますが、それを紐解く上でのヒントとなるのが「法輪を転ずる」です。これは「仏が法を説くこと」です。そうなると、真実とは“仏の教え”であると解釈できるわけですが、仏は法輪を転じ、真実を提示しながら、娑婆世界に生かされているあらゆるいのちを救います。これを道元禅師様は「甘露一潤す」とお示しになっています。「甘露」は「涅槃」のことで、「人々の苦悩を救う悟りの世界」のことです。仏の説法は、この世の全ての存在を性別や年齢、出身地等、、見た目の情報に左右されることなく、差別なく救いの手を差し伸べてくださいます。それは「剰ることも無く、欠けることも無し。」とあるように、あたかも円を描くようにして、救いを求める者が誰であれ、どんなことがあっても一定量の真実を法を提示して、差別なく救いの手を差し伸べてくれるというのですこれが「第四不妄語」の功徳なのです。

かつて大本山永平寺の西堂(せいどう)職をおつとめになった橋本恵光(はしもとえこう)老師(1890―1965)は自著「教授戒文提唱(国書刊行会)」の中で、『不妄語の「語」は、ことばという字であるけれども、実は表現ということを意味する。(原文ママ)』とおっしゃっています。老師のお示しに従うならば、我が身口意(しんくい)の三業で以て、仏の行い・仏の言葉・仏の心遣いを表現していくことが「不妄語戒」であると捉えることができます。私たちの表現というのは、言葉だけに限られたものではないことに是非、着目しておきたいところです。三宝帰依によって、行いや心も仏のみ教えに従って調え、言葉だけに頼らず、全身で仏のみ教えを説くことが「不妄語戒」の目指すところなのです。

ということは、坐禅に身を投じ、大山のごとく黙々と坐ることも「不妄語戒」を修行していることであると言えるのです。実際、我が姿勢を調え、兀兀(ごつごつ)と坐っていると、まるで自分と周囲が一体になって融け合っているような感覚になります。そうやって自分が周囲のあらゆるいのちとつながっていることに気づかされるのです。「自分と周囲の全てが関わり合い、つながっている」―これが私たちが生かされている娑婆世界の嘘・偽りのない真実の姿です。そうした真実に気づく行いこそが、仏の行いなのです。

仏の教えこそが真実であると捉え、真実の言葉・真実の行い・真実の心遣いを我が身口意の三業によって提示できるようになることを、「不妄語戒」を通じて、体得し、地獄ではなく、仏の世界を目指していきたいものです。