第71回「心散乱する時の対処法 その2」

猶ほ未だ休まざる時は、一息截断両眼永閉(いっそくせつだんりょうがんようへい)端的(たんてき)に向って打坐工夫(たざくふう)し、
或は胞胎未生不起一念巳前(ほうたいみしょうふきいちねんいぜん)に向って行履工夫(あんりくふう)せば二空忽(にくうたちま)ち生じ、
散心
(さんしん)
必ず()まん。

世界中が新型コロナウイルスに翻弄されて1年弱。医学や科学が発達した現代社会において、まさか新種のウイルスに世界中が苦悩することになるとは、一体、どれだけの人が想像していたことでしょうか。この間、これまで当たり前に行われてきたことができなくなってしまうなど、私たちの日常生活は大きく変化してしまいました。

我が仏教界においても、そうした社会の変化とは無縁ではありません。そんな中で、新しい試みとして注目されつつあるのが、オンラインによる布教活動です。これはパソコン機器等を用いて、ZOOM等のアプリを使って、坐禅会や法話などを行うものです。令和2年の一年間、主だった活動ができなかった曹洞宗石川県青年会では、「オンライン坐禅会」という取り組みが提案され、今年に入ってから、月1回、不定期に開催されています。去る2月23日(火)は2回目のオンライン坐禅会が開催され、私は会員の一人として、初めて参加させていただきました。

約30分の坐禅の後、茶話会が開催され、参加者より質問をいただきました。その内容が坐禅中における“心の散乱”や“考えごと”に関するものでした。参加者の問いに対して、主催者側より解答がなされましたが、一般の方の質問にわかりやすく解答する難しさを感じながらも、「坐禅をしたことがある人」ではなく、「坐禅をしている人」としての解答を提示していけるよう、私自身が更なる精進を重ねていく必要性を痛感しました。参禅者としては、疑問が解決されることによってもたらされる安心感によって、日常的に坐禅をやっていこうという気持ちが芽生えるのは確かです。そういう点で、自らが、そんな機会を提供できる善知識(ぜんちしき)(よき師)でありたいと感じたのでした。

そんな一人の参禅者が問わんとしている“坐禅中の思考”について、両祖様(道元様・瑩山様)はそれぞれお示しになっています。また、“心の散乱”に関しては、「坐禅用心記」において瑩山禅師様より提示されています。前回、瑩山禅師様は「心を鼻端丹田(びたんたんでん)に安じて出入(しゅつにゅう)の息を数える」とか、「公案(こうあん)提撕(ていぜい)して挙覚(こかく)する」という方策を提示してくださっていますが、今回は、それでも心の散乱が収まらない場合の方策が提示されています。一つ目は「一息裁断截断永閉の端的に向う」ということ、二つ目は「胞胎未生不起一念巳前に向う」ということです。「一息裁断截断永閉の端的に向う」というのは、「一息(一呼吸)を断ち切って、永遠に閉じた状態」を意味しています。すなわち、自分が息を引き取り、死を迎える瞬間を思い起こしてみるということです。その反対が「胞胎未生不起一念巳前に向う」です。自分が生まれる前の状態で、そういった状況に思いを馳せてみるようにと、瑩山禅師様はおっしゃっています。。

こうして瑩山禅師様の坐禅に関するみ教えを読み味わっていきますと、瑩山禅師様もまた、坐禅中に考えごとをするのを否定なさっているわけではないことに気づかされます。なぜなら、心乱れる場面があるならば、呼吸の数を数えてみたり、自分の生前(過去)や死後(未来)という未体験の時代に思いを馳せたりしながら、心を調えてみるという方法を提示してくださっているのですから。こういうお話を先のような参禅者の方にお伝えしてみることも、参禅者が新たな坐禅の世界を拡げるよき機会になるのかもしれません。そう思うと、やはり、坐禅会を開催する主催者側の日々の修行が、坐禅会の良し悪しを決めていくという、ごく当然の結論にたどり着くのです。

そうした打坐工夫や行履工夫によって、「二空忽ち生じ、散心必ず歇まん」と瑩山禅師様はおっしゃっています。「ようやく心が落ち着く」ということなのですが、ここで、「二空」という言葉に着目しておきたいと思います。「二種の空」ということなのですが、これは大乗仏教における「我空(がくう)(実体のない永遠の存在)」と「法空(ほっくう)(生滅変化する仮の存在)」のことで、坐禅中に心の散乱が止まない場合における参禅者の工夫によって、自分という存在が仏法僧の三宝と一体化し、心が調っていくと瑩山禅師様はおっしゃっているのです。

一昨年の秋より読み味わってまいりました「坐禅用心記」も、あと2回程で最後を迎えますが、コロナ禍によって計らずも巡り合った「オンライン坐禅会」での経験を通じて、両祖様のみ教えを幾度も読み返しながら、「坐禅をしている人」として、坐禅を行じ続け、多くの人々と坐禅の世界が有する素晴らしさを共有していきたいものです。