第23回「
光明雲海
今回のテーマは「感情の調整」です。感情の中でも、とりわけ怒り(
「不瞋恚」を端的に申し上げるならば、「怒らないこと」ですが、“瞋”には“目を吊り上げて激しく怒る”という意味があり、“恚”には“敵意を持って怒る”という意味があります。いずれも、相当に激しい怒りの感情を意味しているのですが、そんな感情が沸き起こってきたときに、どう対処しながら穏やかで静かな言動を提示していくかということが最大のポイントです。そして、そうすることによって、どんな状況でも受け入れる力を養い、穏やかな身心を維持することをも目指すことも押さえておきたいものです。
近年は「あおり運転」や「ハラスメント」、あるいは「ヘイトスピーチ」等に見られる暴言・暴力に対して、世間の注目度が高まりつつあります。また、世界に目を向ければ、米中の新冷戦、北朝鮮のミサイル、ミャンマーのデモ等、怒りの感情が一つの引き金となり、極度の緊張感が蔓延し、人間のいのちを奪い去るまでに発展するような事態まで招いています。こうした諸問題を背景に、感情的になって大声を出したり、暴力行為を働いたりすることに対して、社会の眼は以前にも増して、厳しくなる傾向にあり、人々は静けさを求め、暴言暴行や騒音に対して、過敏なまでに不安や恐怖を覚えるようになりました。そうした時代だからこそ、暴言や暴力の防止を声高に主張するとか、逆に、戦争中だからと言って、荒々しい言動が許されるかといえば、言うまでもなく、そういうことではありません。時代の状況に応じて、感情を調整したりしなかったりするというのではなく、どんな状況下であれ、「不瞋恚」を意識しながら感情を調整し、穏やかな日常生活を目指すことが大切なのです。
「教授戒文」を通じて、仏戒というものを学ばせていただく中で、「“
」ということです。
そんな状態を目指していく上で、周囲に対する「
ここで押さえておきたいのは、瞋りの感情そのものは否定すべきものではないということです。瞋りを言葉や行いに変換して表に発していくとき、そうすることで、自己の過ちに気づき、二度と繰り返さぬようにする「
怒り口調や険しい表情など、表面的には厳しい言動であっても、そこに相手を思いやる慈悲心があるならば、相手に恥をかかせないよう、敢えて人のいない場所を選んで、言葉を選びながら静かに注意するなど、慈悲心ゆえの言動によって、怒りが表現されるはずです。そして、そんな怒りを帯びた慈悲は、必ずや相手にその真意が通じます。このとき、過ちが改善され、正道を歩むきっかけができると共に、両者の人間関係が強固なものになっていくのです。相手に媚びて、良好な関係を築こうと、穏やかさだけを追求しながら関わっていても、言いたいことも言い合うことができず、お互いにどこか遠慮が見え隠れしているような、ニセモノの関係しかできません。相手と自分の間に、少しでも強固な信頼関係を目指していく上で、「ときには退き、ときには進む」という感情調整を心がけながら、周囲と関わっていきたいものです。