三帰礼文唱和(さんきらいもんしょうわ)

自帰依仏(じきえぶつ) 当願衆生(とうがんしゅじょう) 体解大道(たいげだいどう) 発無上意(ほつむじょうい) 

自帰依法(じきえほう) 当願衆生(とうがんしゅじょう) 深入経蔵(じんにゅきょうぞう) 智慧如海(ちえにょかい)

自帰依僧(じきえそう) 当願衆生(とうがんしゅじょう) 統理大衆(とうりだいしゅう)  一切無礙(いっさいむげ)

仏教徒であることの何よりもの証は「三帰依」です。お釈迦様を始めとする悟りを得た仏教の祖師である「仏」、仏のみ教えである「法」、仏や法を自らの仏道修行によって今日まで伝えてきた人々を指す「僧」、こうした仏法僧(三宝)に我が身を委ね、そのみ教えに従って毎日を過ごしていくことが「三帰依」です。そんな「三帰依」を言葉に表したものが、「三帰礼文」です。仏教徒は、これをお唱えしながら、そこに示されていることを日常生活における我が行として修していくのです。

上記のように、実際は「三帰依文」は漢文で示されていることが多いのですが、仏前結婚式では新郎新婦始め、参列者の方々に、仏教をより身近に感じていただくという意味で、和文に書き下したものを唱和させていただきます。和文版及びその内容は下記の通りです。

漢文 和文 解説
自帰依仏
当願衆生体解大道発無上意
自ら仏に帰依し奉る。当に願わくは衆生と共に大道を体解して、無上意を(おこ)さん 大道というのは、仏道のことを指します。仏教の世界における大いなる道ということです。体解は全身で体得して理解していくことで、自分のものにしていくことです。無上意を発すというのは、「発心(ほっしん)」のことで、仏のお悟りを求めて毎日を過ごす決意をすることです。仏に帰依し、仏のみ教えに従って、我が身心を調えていくことを誓ってお唱えする一句です。
自帰依法当願衆生深入経蔵智慧如海 自ら法に帰依し奉る。当に願わくは深く経蔵に入りて、智慧海の如くならん。 経蔵は経典を収蔵しておく場所のことです。法に帰依するは、仏法の宝庫とも言うべき所に我が身を深く投入し、広大かつ深遠なる海のような智慧(仏のみ教え)を身につけるということなのです。
自帰依僧当願衆生統理大衆一切無礙 自ら僧に帰依し奉る。当に願わくは大衆を統理して、一切無礙ならん。 大衆というのは、お寺で仏道修行に励む人々のことで、「僧」を指します。統理は「一つにまとめて、おさめるという」ことですから、僧に帰依するということは、仏の道を歩むという共通目的を持つ者同士が、周囲と一つになる(和合)ことなのです。また、何ら捉われるものもない、自由な境地を体得していくことにもつながっていくのです。まさに、周囲に対して、和やかな言葉や態度を心がけて、仲良く交わっていくを目指してお唱えする一句なのです。

こうした仏教徒の誓いのことばを大切にしながら、毎日を過ごしていくことが、仏前にて夫婦の契りを結んだ新郎新婦の使命なのでしょう。それを周囲の方々は、しっかりと見届け、この先もお二人を温かく見守っていただければ幸いです。