誓いのことば

新郎新婦始め関係者全員で「三帰礼文(さんきらいもん)」をお唱えし、仏法僧の三宝への帰依を誓いました。これは、常日頃から仏様のみ教えに従って、自らの言葉や行いをきれいに調え、明るく穏やかな毎日を過ごしていくことを誓うものです。具体的には夫婦間において些細なことで憎しみ合うようなことを慎んだり、別の異性に目移りするようなことがないように心がけることであったりすることです。また、子孫繁栄が叶った折には、明るい家庭を築き、子孫たちの未来を保証していくことも当てはまるでしょう。

こうした夫婦生活や家庭の構築というのは、言ってみるならば、「お釈迦様のような悟りを得た方に妻子がいて、家庭を持つならば、どんな家庭になるのか?」という問いに対する一つの回答でもありましょう。「悟りを得る」ということは、一つには自分の周囲に存在しているあらゆるいのちに対して、“丁寧に関わっていく”ということです。すなわち、相手に発する言葉、相手に提示していく所作、それら一つ一つが穏やか且つ静けさを有したものであるということです。今、仏前にて夫婦の契りを交わし、仏教徒の一人として生きていくことを誓った新郎新婦が、これから始まる夫婦道や家庭道というものを、仏道修行に生きる修行者の如く、丁寧に行っていくことを誓うのが、「誓いのことば」なのです。

ちなみに、仏教における戒律(かいりつ)(仏教徒の生き方・心がけ)の中で、「十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)」という具体的な戒律の内容・方策について触れられたみ教えがありますが、その一つである「不貪淫戒(ふとんいんかい)不邪淫戒(ふじゃいんかい))」は、私たちの中に生ずる三毒煩悩(貪り・瞋り・愚かさ)を調整しながら周囲と関わっていくことを説いたものでありますが、中でも異性に対する欲望に重点を置き、その調整を説くのが「不邪淫戒」です。人間であれ、動物であれ、いのちある者は性欲を有しています。その性欲によって子孫繁栄が成し遂げられる半面、性欲の調整を怠れば、夫婦間においては相手を傷つけるばかりか、いのちの奪い合い等、大変なトラブルに発展した事例は多々あります。

性欲との誤った関わり方が招く結果というものを十分に踏まえながら、三宝帰依の誓いを立てておきたいものです。