第25回「諸佛光明真言灌頂陀羅尼(しょうぶつこうみょうしんごんかんちょうだらに)-諸佛の光明に包まれた日常を!-

(おん)阿暮伽(あぼぎゃ)廢嚕者娜(べいろしゃのう)摩訶畝陀羅(まかぼだら)麼尼盤頭麼(まにはんどま)入縛囉(じんばら)跛囉婆利(はらばり)嚲野吽(たやうん)

間もなく令和3年も終わりを告げようとしています。コロナ禍で人と人との対面接触を回避しようとする動きが出てくるようになって2年。新たな「オミクロン株」なる変異ウイルスへの懸念が拭えないものの、当石川県では感染者ゼロという状況が2週間近く続いており、心配と安心が入り混じった不思議な感覚を抱えながらの師走を迎えています。

そんな中、昨日、一昨日と相次いで、人様と対面する機縁をいただきました。対面接触もあれば、ZOOMを用いたリモートでの接触もありましたが、そのいずれもが貴重かつ素晴らしい触れ合いであり、随分と身心が穏やかに調っていくのを感じました。人と人との接触というのが、いかに私たち人間が生きていく上で大切なものか。今はまだ、心配と安心が入り混じっていますが、来年はその心配が拭い去られることを切に願っています。

一昨日は遠く関東からお檀家さんをお迎えいたしました。昨年、ご両親の年回忌に当たっており、生まれたばかりのお孫さんを連れて、ご供養させていただく予定でしたが、コロナ禍で一年延期となりました。ご仏前で「修証義」を共にお唱えさせていただきながら、次世代の人々が日常生活の中で、この素晴らしい仏のみ教えの存在に気づき、救いを求めるようになるような工夫の必要性を、久方ぶりの再会に弾む会話の中で確認し合いました。

また、その夜は一念発起して仏門に身を投じた方と語らい合いました。今の仏教界における現状把握に、これからの仏教界の在り方と、話題は尽きることなく、続きは来月に持ち越し。やはり次世代を担う僧侶たちが夢を持ち、明るく、楽しく、安心して寺院運営に携われる環境づくりが必要であるという見解で双方が一致しました。難しい課題ではありますが、明るくて楽しい未来を思い描くことが、人間を生き生きとさせてくれることを再確認できました。

そして、昨日は、50年近く前に高源院を間借りして生活していらっしゃたっという方とZOOMにて、しばし歓談させていただきました。約2年ぶりの再会は、本当は高源院でなされる予定でしたが、先方のお仕事の都合で急遽、来寺が叶わなくなり、ZOOMでの再会となりました。コロナ禍で注目を集めるようになったZOOMですが、少しずつ使い方にも慣れ、新たなコミュニケーション手段として、活用していきたいものです。その方とは禅寺におけるお茶や食事のことについて語らい合いました。ご本山における自分たちの修行が、世間の人々にどう映るのか、そして、我々の仏道修行が、人々が日常生活を過ごしていく上で、どんなヒントを与えられるか、色々と考えさせられると共に、我が身が引き締まるような感覚を覚え、次の再会が待ち遠しくさえなりました。

私たちは日々、様々な方と触れ合いますが、そんな中で大切なことは、まずは自分自身が身心を調えておくことです。それはお釈迦様が坐禅修行に身を投じてきたように、姿勢を調え、心静かに過ごすことを習慣づけることです。計らずも、私たちの周りには自分の身心を脅かし、乱す存在もあります。私自身、そうした存在に出会ったときに、身心をを乱してしまい、あとから後悔と反省を促された経験は多々あります。そんな経験を踏まえ、少しでも身心の調整を意識しようと、たとえ、我が身に不安をもたらす存在と出くわしても、我が身が乱れることがないように留意しています。

そうした仏のみ教えに従って、穏やかで安定した身心を留意していくとき、私たちが生かされている娑婆世界が仏の世界に近づいていくのです。仏の世界を「大宝楼閣(だいほうろうかく)」と申します。「大宝楼閣」に生かされていくとき、我が身心が調うばかりか、自分の周りに身心が調った仏様(諸佛)たちが集うようになるのです。

そして、諸佛は仏のみ教えを以て、穏やかな光(光明)を発してくれます。この光明によって、私たちは仏に近づくと共に、私たちの過ごす娑婆世界は大宝楼閣へと近づいていきます。それを願ってお唱えするのが「諸佛光明真言灌頂陀羅尼」なのです。

私にとっての昨日、一昨日は、そんな諸佛とご縁をいただいた2日間でした。