一、菩提心(ぼだいしん)(おこ)すべき事

第15回「同塵(どうじん) 古来得道得法(こらいとくどうとくほう)聖人(せいじん)方便(ほうべん)

古来得道得法(こらいとくどうとくほう)聖人(せいじん)同塵(どうじん)方便(ほうべん)ありと(いえど)も、未だ名利(みょうり)邪念(じゃねん)あらず。

イオンなど、大手のショッピングセンターに行くと、たいていは1階の中央に大きなテレビやドリンクの自動販売機などが置いてある休憩スペースがありますが、そうした場所の片隅に、お客様からの苦情に対する店長さんや各コーナーの主任さんからのメッセージが記された用紙(イオンでは「ご意見うけたまわりカード」と呼ぶそうです)が掲示されている店舗があります。時折、どんな意見が寄せられているのかなと、興味本位に見ることがありますが、お客様からの様々な意見・苦情の中には、言葉は荒いものの、どこかその心情に共感できるものもあります。こうした一つ一つの意見・苦情に対して、店長さんたちはお客様の心情を十分に斟酌しながら、謝るべきは謝るなど、丁寧な言葉で回答をなさっており、頭が下がります。

考えてみますと、相手に対して怒り心頭で苦言の一つでも呈したくなるような心境にあるとき、相手が冷静に正論を述べてきたり、その反対に、無言・無反応であったりすると、却って納まる感情が納まらなくなってしまうものではないでしょうか。こうした経験は誰しもあるのではないかという気がします。怒りの感情を押さえられず、身心を調えるどころではなくなっている人に接するとき、誰もが少しでも早く相手に落ち着いてもらうことを願うとは思いますが、そんな場合の最善策として、先の「ご意見うけたまわりカード」の回答のように、自分の気持ちを相手と同化させることが効果的です。「それは腹が立ったよなぁ。」とか、「悔しいよなぁ」などと相手の身になって、相手の声に耳を傾けていくうちに、相手もさっきまでの怒りの感情はどこへやら、自分を受け入れてもらえたことで、荒れていた心もすっかり落ち着いてしまうものなのです。

こうした方策(方便)というものは、仏のみ教えを伝える説法の現場もさることながら、私たちの日常生活においては、是非、身につけておきたいテクニックの一つです。誰もが正攻法で理解できるものではありません。時には別の観点から説明したり、また、あるときには道から外れたような方法を用いることがあったりしても、相手の機根に応じ、相手に合わせながら、言葉を選び、教えを発していく方法を知っておくべきなのです。今回の一句では、過去に仏道を歩み、仏法を説いてきた「古来得度得法の聖人」というのは、そうした方策をも心得て、法を説いてきた方であったと道元禅師様はおっしゃっています。これはまさに、お釈迦様の「対機説法(たいきせっぽう)(相手の機根に応じて説法をすること)」そのものです。古来得道得法の聖人方もまた、そうした「対機説法」というテクニックをお釈迦様から受け継ぎ、実践なさった方だったのです。

さらに道元禅師様は、そのことを踏まえ、「同塵の方便ありと雖も、未だ名利の邪念あらず」とお示しになっています。「同塵」とは、(ちり)(ゴミやホコリ)に同ずることです。仮に自分が何かと一体になるとすれば、きれいなものや(かぐわ)しいものと一つになることを望むことでしょう。しかし、きれいなものだけを求めていては、法を説くことも伝えることも難しいでしょう。古来得道得法の聖人方は、時には塵とも同化しながら法を説き、法と共に生きてきたのです。これぞ「学道の人」であり、こうした心構えが「学道の用心」なのでしょう。

こうした「同塵」を実践していく中で、大切なことは「名利の邪念あらず」とあるように、自分の利益を追求するような邪な考え方を完全に廃することが必須であるということです。方便という一点に捉われることなく、相手や時、場所等を考慮した様々な説法の手段を用いながら、世の人々に同化し、共に生きていくことは、菩薩という仏様の「下化衆生(げけしゅじょう)」であり、「菩提薩埵四摂法(ぼだいさったししょうぼう)」における「同事(どうじ)」のみ教えとも合致してくることも押さえておきたいところですす。

「菩提薩埵四摂法」が出てまいりましたので、最後に「正法眼蔵・菩提薩埵四摂法」の一節をご紹介させていただきます。これは、道元禅師様が「同事」のみ教えをお示しになる際に引用された管子(かんし)(古代中国の政治家・管仲(かんちゅう)が書き記した書物)の一節です。

「海は水を辞せず、故に()()の大を成す。山は土を辞せず、故に能く其の高きを成す。明主は人を厭はず、故に能く其の衆を成す。」―海ができるのは、海がどんな水も厭わないからであり、山ができるのは、山がどんな土も厭わないからである。それと同じように、名君はどんな人も拒まないから、人が集うのである―今回の一句と共に、よくよく心に留めておきたい「学道の用心」です。