第4回「首章・機縁B 正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)付嘱(ふしょく)

【機縁】 (つい)正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)摩訶迦葉(まかかしょう)付嘱(ふしょく)す。流伝(るでん)して今に及ぶ。
実に梵漢和(ぼんかんわ)の三国に流伝して、正法修行すること之を以て根本とす。
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一期(いちご)行状(ぎょうじょう)、以て遺弟(ゆいてい)表準(ひょうじゅん)たり。

前段において、お釈迦様は三十歳臘月(ろうげつ)八日、明星の出しとき、「我れと大地有情(だいちうじょう)と同時に成道(じょうどう)す」と獅子吼(ししく)なさって以来、四十九年もの長きに渡り、ただひたすらに「衆の為に説法する」というご生涯を送られたことが瑩山禅師様より明らかにされました。そのご説法は「対機説法(たいきせっぽう)」という言葉がしっくりくるように、対機(相手)の能力・機根や職業等に応じ、相手に合わせる形でなされてきたものでした。

そんなお釈迦様が対機に応じて発せられた八万四千とも言われる多くのみ教えが、「流伝(水が流れるように広がり、伝わってきていること)して今に及ぶ」理由とは何か、それが瑩山禅師様から発せられているのが、今回の一句です。

これまでにも、他の経典等を通じて、仏教が師から弟子へと教えが伝わることによって、今日まで伝わってきたことはお伝え申し上げてきました。それを「相承(そうじょう)」と申しますが、伝光録では「付嘱」という言葉が用いられています。これは、「師が器と見抜いた弟子に法を伝えると共に、それを広め、大切にお護りしていくことを願う」のを意味する言葉です。まず、お釈迦様が摩訶迦葉というお弟子様に仏法(正法眼蔵)を付嘱なさったことによって、仏教流伝の歴史が始まったということが、瑩山禅師様より提示されています。

「正法眼蔵」というと、道元禅師様のお示しになった経典のタイトルとして有名ですが、そもそも、「正法眼蔵」は「正法(お釈迦様がお示しになった正しいみ教え)の真髄」を意味しています。“眼”には、“全てを映し出す”という意味が、“蔵”には、“一切のものが包み込まれている”という意味があります。

そうした万事を明確にし、あらゆるものを内包した仏法の真髄を、お釈迦様は自らの後継者としての器を持った人物と見抜いた摩訶迦葉に付嘱なさったのが起点となって、仏法が流伝。やがては梵漢和とあるように、インドから中国・日本へと広まっていきました。

そんな仏法の根本にあるのは、「正法修行すること」であると瑩山禅師様はおっしゃっています。これは、「正身端坐(しょうしんたんざ)」、すなわち、臘月八日にお釈迦様が成道なさるきっかけとなった「坐禅を行じ続けること」に他なりません。そうした坐禅の実践をお釈迦様以降の遺弟(お釈迦様以降のお弟子様)方は、「一期の行状」であり、「遺弟の表準」と捉え、師から付嘱されたみ教え一筋に生きてまいりました。そして、自らが師となった折には、弟子に付嘱し、仏法流伝の道筋が成されていったのです。

ちなみに、摩訶迦葉はお釈迦様の高弟で、「頭陀行(ずだぎょう)」という、「厳格で質素な生活を根本とする修行をなさった人物」として名高い方です。詳細は後述の「第1章」において学ばせていただけたらと思います。