愛嬌たっぷりのトンベリが、実はかなり落ち込んでいるとは、誰も気がつかない。
パインはまたしても、ヒラヒラドレスを身につけるチャンスを失ってしまったのだ。
…フリルにレース、あこがれのリボン。 サヨナラ、ピンクのドレス。
「マジで暴れてやる…」
かわいいトンベリの中から、不穏なつぶやきがこぼれた。

「曲が変わったら、踊りの中にまじっちゃおう」
モーグリが言った。

 三拍子の愛らしい曲が始まると、三人は手をとりあって、ダンスの輪に流れ込ん
で行った。

英雄も、モンスターも、精霊も、お姫様も騎士も、ドレスのすそをなびかせ羽飾りに
風を受けて、くるくる回る。
ナギ平原の長い昼が終わろうとしていた。

 空の青さはやわらかくなり、地平線に浮かぶバラ色の雲が、金に縁取られる。
夜が降りてくる前のわずかな時間を最高の色で飾ろうと、太陽は金色の光を惜しみ
なくそそいだ。

遥かなガガゼドの山も夕日に輝き、その神々しい美しさに人々は見とれた。

「ありがたいことじゃ。 こんな日を迎えられるとは、思ってもみなかった」
年寄りが目をうるませる。

 見慣れた草原なのに、ユウナの胸にも泣きたくなるような、熱いものがこみあげる。
戦った思い出。 泣いたり、笑ったり、たくさんの旅の思い出。
 
 また、新しい思い出ができたんだわ… たくさんの人と見たナギ平原の夕日。 
わたし、忘れない。

 後ろから誰かが、そっとユウナの手をにぎった。
「リュック? パインかな?」
つないだ手から、優しい暖かさが伝わってくる。
ユウナも、モーグリの手でにぎりかえしながら振り向いた。
「…あなたは…」

手の先にいたのは、まだ幼さの残る少年。 
バハムートの祈り子だった。
深くかぶったフードの下で、祈り子の少年は静かに微笑んだ。
 
「祈り子さま…!」
「バハムートでいいんだよ」

祈り子の声は幼い。 
耳に聞こえるというよりも、頭の中に、心に、じかに響いてくる。
「ごめんねユウナ。 ぼくたちまでシューインの悪夢に取り込まれてしまって…」
シンを倒した時力を貸してくれた聖獣たちが、シューインの作り出した闇のエネル
ギーに侵されて、ユウナに牙をむいたことを、バハムートは悲しげにわびた。
「ぼくの力では、どうしょうもなかったんだ」

「祈り子、…バハムート、あなたたちは精一杯やってくれたわ。  ゆっくり休ませて
あげられなくて、ゴメン」
ユウナはバハムートの細い体を抱きしめた。

 バハムートもユウナに自分の腕を回した。
最初はそっと、それから、母親に甘える子どものように、目を閉じてぎゅっと。

バハムートの祈り子が、こんなふうに誰かにふれるのは、いったい何年、何百年
ぶりだろう。
普通の子どもだった頃の記憶も、かすんでしまった。

 祈り子。
それは、生きている人間から、秘術で分離された精神体。

 彼らは寺院に奉られ、召喚士と聖獣をつなぐ存在としてふたつの次元を漂う、
神という名のいけにえだった。

 −シンを倒したら、ぼくたちはもう眠りたいー
二年前、バハムートはユウナにそう言った。
だから、今のスピラには、召喚士も、聖獣も、祈り子もいない。
…いないはずだった。

…休息の時間、短すぎるよね、ゴメンね…

 モーグリに抱かれている小さな少年の姿は、周りの人々には微笑ましいものに
映った。 
邪魔をする者など誰もいなかった。

 やがてバハムートは顔をおこすと、恥ずかしそうに笑った。 
ユウナが初めて見る、少年らしい笑みだった。
「異界へ行くんだね?」
「うん。 シューインにレンの想いを伝えてくるよ」
「レンの想い」
「うん。 このままだと、シューインはユウナレスカと同じ。 彼の絶望と憎しみが、
スピラを滅亡に向かわせているの。  レンはそれを止めたいの」
「気をつけて」
「うん」

               

 モーグリと少年は手をつないだまま、踊りの輪からはずれて小さい丘に登った。
夕闇が薄い衣のようにあたりを覆う。 

電飾は色を濃くし、祭りのフィナーレを盛り上げる。
二人は、甘い香りが立ち上る草の上に、並んで腰を下ろした。

 ますます鮮やかになる祭りの灯り。 
色とりどりの衣装を身に着けて歌い踊る人々。 
絶えず流れる音楽。 
こぼれ落ちそうな星も広場の上だけは明かりに負けて、見えない。

「いいお祭りだね」
バハムートの瞳がユウナに向けられた。
フードの奥できらめく瞳は、どこか遠くの海を思わせる青。

 ぴいぃーっ…
ユウナの耳の底で指笛が鳴った。

「いつもそばにいるんだよ」
バハムートはユウナを見つめたまま、そう言った。

「!?…」
今の声は、祈り子さま? それとも…

 ふわり、と 祈り子は何の重さも感じさせず、風に運ばれるようにユウナから離れ
た。 
そして、一瞬空中にとどまり、思わず手を差し伸べたユウナに、微笑んだ。

 祈り子が淡い光になって夜に溶けてしまっても、ユウナは動けなかった。

 やがて、音楽や人声がゆっくりと耳に帰ってきた。

…眠っていたの?  …いいえ、夢なんかじゃない!
不思議に、心はおだやかだった。 
 
 胸に残ったのはバハムートの言葉。 
…いつもそばにいるんだよ…
ユウナはそれを信じた。

 きぐるみ士のドレスを解除して、青いスフィアを取り出す。
合わせた手で包み込んだスフィアに、ユウナの体温が移っていく。 
指のすきまからこぼれる青い光。

 ティーダを思った。 
バハムートの少年を、仲間を、レンとシューインを、愛するスピラを思った。 
その安らぎと幸せを。

 それは祈りだった。 
そして決意だった。
新しい勇気の火が体を熱くする。 
戦いはまだ続く。 
でも大丈夫、負ける気がしない。
必ずやりとげられる。

 ユウナは顔を上げ、瞳を開いた。
「ユウナ、行きます!」

 耳としっぽの長いサルが、ひょいと岩陰からのぞいた。
そこにはもう、ポンポンをなでている、きぐるみのモーグリが立っているだけだった。

花火の夜2  コーナートップ