「おっ、着陸許可が出たぞ」
娘たちのにぎやかな会話に、ダチの渋い声が交ざった。

「おおーし、カモメ団、ちゃっくりくー!」
アニキがあやしげに手足を振り回し、派手なポーズを決める。 
なにかとアクションが大きいので、アニキの側にいると危なくってしかたがない。

「行け、行け、行け、カモーメだーん」
シンラも楽しげに、自作の歌をくちずさんでいる。

 カモメ団。 
それはスピラで一番活躍しているスフィアハンターチームで、リーダーはユウナ
とスピラ中がそう思っているが、ちがう。
「リーダーはオレ、オレなんだー!」
アニキはまた腕をぶん回して叫ぶ。 
うずまきもようの緑色の目が、悔し涙に濡れる…ふりをする。

「本当は、ユウナの人気が高いの、うれしいんだろ? おまえさ、ユウナのこと、
好…」
「おおーっ! ちやっくりくー!」
ダチのぼそぼそした声は、アニキの大音量にかき消された。

 セルシウスは、その巨大な機体を草原に降ろした。 
赤い色がよく映える。 
安全のために離れていた人々がセルシウスのまわりに大勢集まって来た。 
子供たちは大喜びだ。

「ずいぶんたくさん、遊びに来てるねえ」
ユウナがおどろいて言った。
「ね、ね、お祭りやってるみたいだよ」
リュックも目を大きくした。

「祭り…? そうなのか?」
パインはじろっとアニキとダチをにらんだ。 
二人がぱっと目をそらす。
「おう、そうらしいな」
「おれたちも、今知ったばっかりだぜ」
二人はメーターだの、モニター画面だのに向かって返事した。

「うそだろ?」
と、パイン。
「うそです」
ダチの声は、こんなせりふの時でも男らしい。

「い、いいーじゃないか! そう、祭りなんだよ。 たまには、ぱーっと遊んで、鋭気
を養う! これ、リーダー命令!」
アニキは細長い手足をばたばたさせた。
 
 うわーい! と、跳びあがったのは、リュックだった。
「えーっ、そうなの? やったねー!」
手を叩いて、ぴょんぴょん跳ねる。 
この兄妹はじっとしていられない体なのだろう。

 パインとユウナは顔を見合わせた。 
ユウナが先に笑ってしまった。 
パインも、しょうがないなあ、と頭を振りながら、苦笑した。
アニキは、偉そうな決めポーズで、ハナの穴を開いていばっている。

 
 なんとなく元気が無いユウナの気持ちを ひきたてることができないかと、アニキ
はアニキなりにずっと考えていたのだ。
セルシウスでスピラ中を飛び回り、スフィアハンターとして、また、お助け屋として多
くのミッションをコンプリートしてきた
すべてが絶好調のカモメ団なのに、ユウナはいったいどうしたと言うのだろう。

「わかんねえ。 ダチはどう思うよ。 シンラ、なんか知ってるか?」
アニキがこう切り出したのは、一と月くらい前だった。

 ダチはサングラスの向こうからシンラに目くばせをした。 
シンラは防護服の中でちょっとだけうなずいてそれに応えた。
もちろん、二人はその理由を知っていた。

 ユウナがへこんでいるのは、ジョゼのミッションを終わらせた時に、それまでずっ
と追い求めて来た人物が、まったくの別人だと判明したからだった。
それは、最初から予想された事だったが、やはり落胆を隠すことはできなかった。

 ユウナが追い続けるのは、一人の少年。 
ティーダ。
二年前、シンを倒し、ユウナの目の前で消えてしまった少年。

 そもそも、カモメ団として新しい旅を始めたのは、ティーダを探すためだったのに、
その目的を失って、ユウナはすっかり気落ちしてしまった。

…みんな知ってるし。 知らないのはアニキだけだし。
シンラが防護服の中でつぶやいた。
「いや、そうではないのだ、シンラ」
ダチが淡々とした口調で言った。
「アニキは、知らないのではなく、知りたくないので 知ろうとしないのだ」
「…うーん、するどいし」
シンラは感心して、ダチを見上げた。
「やっぱ、ダチ、オトナだし」

 アニキは秘密にしているつもりらしいが、ユウナへの恋心はとっくにバレバレだ。 
気づいていないのは、ユウナぐらいのものだ。
全速力で空回りしている気の毒なアニキに、そんな、知りたくもないだろう現実を…
「ボク、とても言えないし…」

「ああ? シンラ、何?」
頭を抱えていたアニキが反応する。
「あ、なな、なんでも…」
あせるシンラも珍しい。 

ダチがシンラをフォローする。
「ユウナは、今、スランプってやつじゃないか?」
するどいし、オトナだし、と、気分を良くしてもらったお礼のつもりか。
「それとも、緊張してるのかもな。 いよいよ魔界に突入するんだし」

「おお緊張、それは確かに」
アニキは、ぽん、とこぶしで手のひらを打った。
「そんな事に気づいてやれなかったとは、リーダーとしてふがいない。 
ストレス解消、気力充実、だーっと前倒しだ!」
「前向き、だ」
「そうだ、向くのだ、シンラ!」
アニキは片手でシンラの肩を抱き、もういっぽうの手で窓越しに空を指差した。
「なあんで、ボク?」

「通信スフィアがあるじゃないか。 いろいろ、いろいろ、各地のおもしろ情報を集め
るのだ。 なんかこう、行ってみたーい、やってみたーい、そういうもの、探すのだ」
「…おおざっぱだし…」
ため息まじりのシンラの声も、長い手足をくねらせて踊っているアニキには、もう届
かない。

 シンラはダチに助けを求める。
「ダチ…」
「うん。 いい考えじゃないか。 大きなミッション前に、息抜き。 アリだぞ」
ダチはサワヤカにそう言い放った。 
シンラはあきらめて、がくりとスフィアの操作席に座り込んだ。

 うんざりする仕事になるのでは、と心配したシンラだったが、以外に早く、しかも、
向こうから情報はやって来た。

「新しい通信だ、ナギ平原から」
「ナギ平原。 …クラスコならほっとけ」
と、アニキは、虫でも追っ払うようなジェスチャーをした。

「違うみたいだし。 ええと…」

「ういうい!」
子供のような甲高い声が響いて、同時にスクリーンには、鳥のくちばしみたいなデ
ザインの仮面をつけた小さな人物が映った。

「なんだ、トーブリか。 あそうか、ナギ平原でも仕事してたんだっけ」
ダチもモニターをのぞく。 

小柄なペルペル族のトーブリは、ちょこまかと落ち着き無く画面の中を動き回るの
で、三人の目もそれを追ってきょろきょろした。

「ああ、もう、止まれ! トーブリ! 通信スフィアの前で、止まって話せ」
アニキが怒鳴ると、トーブリはぴたりと立ち止まり、ぐぐーっと顔を寄せてきた。 
画面はトーブリの大アップ。
「うう…」
思わず、こっちは引く。

「皆さん、おそろいですね。 お元気そうでなによりです」
大写しの笑顔、ひっくり返った声で、トーブリは続けた。
「実はわたくし、新しい、すごいイベントを企画したんです。 そりゃもう、今まで誰も
やった事のない…」
「イベント?」
「ういうい、そうです。 ここ、ナギ平原の美しさ、楽しさ、そして、すばらしい歴史を
テーマに…」
トーブリは、大きく両手を広げて、タメをつくった。

「早く言えー!」
アニキが叫ぶ。

「ナギ祭。 お祭りをするんですよ」
トーブリはアニキの大声にも、びくりともしない。

「祭り…!」
アニキは盛り上がることなら、なんでも好きだ。 
祭りと聞いて、緑の目が光線を発したかと思うほどに輝いた。

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