「ん? これ、なんのボタンかなあ? わかる、パイン?」
人形の背中のボタンに気づいて、ユウナが聞く。
「あー、昨日リンが、何とか言ってたなあ… なんだ、これ?」
パインは、ハナに人形を返しながら言った。

「これ? おもしろいんだよ、ホラ」
ハナはユウナ人形のボタンを押した。

[カモメダン、ヨロシク!]
人形はきしんだような、甲高い声を出した。
「わっ、しゃべった!」

「これも!」
ハナは、次にリュック人形のボタンを押した。
[モエテキタヨォー!]
「おおー!」
リュックの目が丸くなる。

「じゃ、これは…」
自分の人形を見つめるパインの顔に、不安が広がる。

「こういうの!」
得意満面で、ボタンを押すハナ。
[ヒンムイテヤル!]
「あう…」
がくっと、パインの肩が下がる。

「やっぱり…」
パインらしいねえ、という言葉を、アワアワと呑み込むユウナ。
「パインらしいねえ」
言ってしまうリュック。
「どこがっ!」
ぺちっ
「いったあーい」
リュックは、パインにはたかれた後ろ頭を、ナデナデした。

 子ども団は、三人のかけあいを、ギャグだと思ってケラケラ笑った。 
それから、ありがとー、と、ユ・リ・パ人形を握った手を高く上げて、走り去った。

「あたしたち、ますます名前が売れちゃうね。 仕事、増えるかもよお」
リュックは、子ども団がダンスの輪の中に消えていくのを見ながら、声を弾ませた。
「ほんとだね。 ねえ、わたしもアレ買っちゃおうかな、イナミちゃんへプレゼント」
「あ、それがいいよ、ユウナん」

「…なあ。 …今のって、まずいんじゃないかな」
一人黙り込んでいたパインの眉間に、力が入っている。
「へ? なにが?」
ぽかんと口を開けるリュック。

「考えてみろ、あの人形が売れてるんだ」
パインは、二人の腕をつかんだ。
「えーと… いいんじゃ、ない?」
ユウナも、きょとんとしている。

 二人を引っ張りながら歩き出すパイン。
「よし。 じゃ、ハナは、さっきのサイン入りの人形を、今からどうすると思う?」
脚がだんだん速くなる。

「そりゃあ、自慢して… …!…」
リュックが言葉を切った。

「…見せびらかす…!」
ユウナがつなぐ。 その足は、自分で速くなる。
「ヤバイかも!」

「サイン会が始まったら、どうするんだ。 私はゴメンだぞ」
「わたしもだよ」
「ああー! なんか、こっちに向かって人がたくさん来るよー」
リュックは走り出した。

「あっ、ずるいよ、リュック!」
ユウナもダッシュ。 
チッと舌打ちをして、パインも地面を蹴った。


 通りの両側には、きれいな色のテントが立ち並んでいる。 
三人は青に金の星を散らした大きなテントの裏へ回り、荷箱の陰にしゃがみ込んだ。

身を縮めている三人の耳に、話し声が近づいて来る。
「あれー、こっちだって言ってたのに、さっきの子たち」
「ユ・リ・パが、サインするって、ねえ」

…うわー、やっぱり… 
さらに、首を引っ込めるユ・リ・パ。

「初回販売で、サイン入りだなんて、プレミアもんだよね」
ざわめきは、青いテントの側に来た。
「ユ・リ・パどこかな。 すんませーん、ここらで、かもめ団見ませんでしたかー?」
「はあ? ああ。 そういやあ、さっき…」
店のおばさんが返事した。

「マジでヤバい」
リュックの顔が情けなくゆがむ。

「そこらのテントの裏に誰か…」
おばさんはごていねいにも、ユウナたちが潜んでいる荷箱の方を指差した。

「ヤ、ヤジでマバい」
パインはあせっている。

「これ! これ使おう!」
ユウナは、ひとつのドレスフィアを取り出した。
「え、だって、これ…」
「迷ってる時間ないよ!」
ユウナがドレスフィアを起動させる。

 その一呼吸後、積んである荷箱の上から、いくつかの顔がユウナたちを覗き込ん
だ。
「あのー…」

フィギュアを持った人たちは、残りの言葉を続けられなかった。 次の瞬間、どっと
爆笑が起こる。
「なんだ、こりゃー」
「けっさくー」
「…いや、あんたたち、よくやるなあ」

 笑い声の輪の中から、むくむくと、三匹のへんてこなぬいぐるみが立ち上がった。
「えへへー、こんにちは、クポ」
とぼけた表情のモーグリが、頭のポンポンを恥ずかしそうになでながら言った。
「お祭りはいいニャー」
デッサンが狂ってるみたいなケットシーが、ひげをこする。 
魚をくわえて逃げたら似合いそうなそのネコは、どこを見ているのかわからない目を
している。
「…」
なにもしゃべらずにトンベリは、大きな頭の位置を直した。

                

 ユーモラスな着ぐるみの登場に、みんなはユ・リ・パの事を、一時忘れた。
「いいアイディアだねえ、君たち」
「モンスターの格好の人、他にもいるけど、あなたたちのが一番笑えるわあ」
「早く広場に行きなよ、大ウケだぜ」

「うんっ、そうするクポ」
モジモジしながらも、可愛くうなずくモーグリ。 
「はっ、ぶりっこ」
トンベリの声は小さかったが、モーグリはトンベリの顔面にまともにパンチをめり込
ませた。
「あだだだだっ… グーで殴るなっ!」
トンベリは短い手で、また頭を直さなければならなかった。

 三体のきぐるみを囲んで笑っていた人たちも、どうやら本来の目的を思い出したら
しく、一人また一人と、モーグリやケットシーから離れて行った。

「ユ・リ・パを見かけたら、おしえてくれよー」
彼らはそう言うとユ・リ・パを求めて去った。
「はーい、クポ」
「おっまかせニャー」
「…」
きぐるみたちは、キュートなしぐさで、バイバイした。

青いテントのまわりが、ようやく静かになる。

「はあ〜」
モーグリの体から、ため息と、力が同時に抜けた。

「みんな、行っちゃったのニャー…」
ケットシーのしっぽも、しおしおと垂れる。

「リュック、ニャー、は、もういいから」
トンベリが頭を直しながら、パインの声で言った。

「だけど」
モーグリのきぐるみを着たユウナが、ふらふらと体を揺らす。
「もう、これ脱げないね」
「ああ。 ファンサービスでサインしたいんならともかく」
「やだよ、そんなの。 せっかくのお祭りが台無しじゃん。 今夜がフィナーレだって
のに」
リュックはケットシーのしっぽをブンブン振り回した。

「しっぽがもげるぞ」
パインはくるっと、広場の方へ戻り始めた。
「行こう。 このままじゃ、遊び足りないだろ」

「そうだね、こうなったらなんでもアリ、って気持ち」
モーグリがポテポテついて行く。

「ういうい。 いっそ、この格好で大暴れしちゃおうか」
ケットシーはスキップを試みた。

「きぐるみ団、いっきまーす、てか?」
トンベリも、それらしくヨチヨチ歩く。

 ドレスフィアきぐるみ士。 
かもめ団のボーナスだー! と、アニキからこれをもらった時、三人はウヒャーと
のけぞり、そのドレス、というか、きぐるみの反則的な強さにもかかわらず、人前で
のバトルはカンベン、と思った。

 モーグリ、ケットシー、そしてトンベリ。
どうカッコつけても、勝ち台詞を言っても、サッパリで、戦闘不能にでもなろうものな
ら、目も当てられないくらいナサケナイ有様なのだから。

 だが今日は違う。 
コミカルなきぐるみは本当に広場で人気者になった。 
子どもたちはもちろん、じいちゃんもばあちゃんも、若者のグループまでが、きぐる
みたちと握手したがった。

「…結局、これってファンサービスなんじゃ…」
ケットシーがトンベリにささやく。
「うう…」
トンベリがうめく。

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