「ベンゾ、暑いの? 顔、赤いし」
「あ、ううん、ちがうよ。 ただ、…あの…」
ベンゾの顔がますます赤くなる。
「ぼく、知らなかった。 ヒクリさんって、かっこいいんだね」
 確かに今日のヒクリは輝いている、とシンラも思う。

 ベンゾは、言い訳するように、あわてて続けた。
「だって、ぼく、ゆっくりヒクリさん、見たこと無かったんだ…」
うまく言葉を選べず、だんだん声が小さくなる。
「な、なんか、変だね、ぼく」

それは、変、じゃなくて、恋、だし。
シンラには、ピンと来た。 
胸トキメキの展開になりそうだし。

 と、その時。
「おーい! おまたせー!」
パッセ率いる子ども団が、にぎやかに登場した。
「遅れてゴメン。 …どうしたの、ベンゾくん、熱でもあるんじゃない?」
パッセは、細かい事によく目が届く。 
子ども団のリーダーを務めているだけはある。

「ホントだ、ほっぺた赤いよ」
子ども団のメンバーも、ベンゾの異変を重大に受け止めて騒ぎ出した。
街の正義と秩序を守る子ども団、友達の難儀を見過ごすわけが無い。

「な、なんでもない…よ…」
ベンゾの声が不自然に高くなって、いよいよ子ども団は心配をつのらせる。
「えー、だってー」
「汗、かいてるよ」

 マスクの中で笑いをかみ殺していたシンラが、ベンゾを助けに出る。
「チヨコボレース見て、アツくなっただけだし。 ボクもコーフンしてるし」
ホラ、とコースを指してみんなの注意をそらす。

「あー、そうだよねえ、すごいもんねえ」 
「うん。 わかる、わかる」
子どもたちは、ベンゾからチョコボに目を移した。
「ゲートに入った。 走るぞ!」

「ヒクリさーん! がんばってー!」
ベンゾが叫んだ。

 子ども団も、ヒクリが出場しているのだと、思い出した。
「ヒクリー、行けー!」
「がんばれー!」

 スタートの旗が、大きく振られた。
 
「ヒクリは? どこ? どこ?」
ゲートを飛び出した八頭のチョコボは、黄色い一団となって最初のコーナー目指し
て走る。 
ユウナたちは、またたきもしないで、ヒクリを探した。
「あっ、真ん中くらいにいる!」

 最初のコーナーを過ぎると、塊になっていた八頭のチョコボは縦に伸びて、順位
がわかりやすくなった。
「いやーん、一番じゃないよ、どうしょうー」
リュックが悲痛な声を出す。
「がんばってー、ヒクリちゃーん」
ユウナの声援も悲鳴のようだ。

「…」
パインだけが、口元に笑いを浮かべて落ち着いている。


「ヒクリさーん!」
ベンゾは、いつものはにかみやのベンゾではない。 
今や、両手を振り回し、声の限りでヒクリの名を呼んでいる。

ベンゾにつられて、子ども団もシンラも、すごい熱狂ぶりだ。

 ヒクリは出場選手の中で、一番若い。 
しかし、チョコボにまたがったフォームは、群を抜いて美しい。 
チョコボとひとつになって、流れるように前に出て行く。


「やった! 抜いた!」
「きゃーっ」
ユウナとリュックは、ヒクリが直線コースで楽々と二頭のチョコボを追い抜いたのを
見て、絶叫した。

「あと一頭。 これは、イケるかもー」
「うん! 行けー!」
「行けーっ!」
 
 最後のコーナーを曲がると、ゴールまでは長いストレート。
ヒクリのチヨコボは、一歩駆けるたびに、より力強く、速くなる。 
ぐいっ、ぐいっと、音が聞こえるようだ。

 十六才以下のレースとは思えない迫力に、観客は騒然となった。

「抜いたっ! 抜いたー!」
ヒクリがついにトップに躍り出ると、ユウナとリュックは手を取りあってピョンピョン跳
ねた。

 ヒクリも、ヒクリのチョコボも走る事を楽しんでいる。 
スピードは増すばかり。 
二着との差をどんどん広げ、沸き立つ観衆の前、ゴールを走り抜けた。

 がしっと抱き合うユウナとリュック。
「勝った! 勝っちゃったよー」
「うん、うん。 見たよ」
「やるなあ」
パインは腕組みをして、まいった、と、頭を振った。

                

 チョコボから下りたヒクリが、両手を上げて喜びを表すと、チョコボも得意げに頭を
高くたもって、鳴いた。
「ク、クエエェェー!」
ヒクリが笑う。 小麦色の顔に白い歯が光った。

「うう…」
「また、ベンゾくんが、苦しそうだよ」
「大丈夫? 向こうで少し休むといいよ」
「うう… う、うん」
「辛そう。 どこか痛いの?」
「う… む、胸が…」
大変、大変と、ベンゾは救護テントに連れて行かれた。
「ケアルの出来る人がいるはずだよ」
「ポーションあるよね」

「でもそれ、回復魔法や薬じゃ治らないと思うし」
シンラが皆の後ろを歩きながら、ぼそりと言った。 
誰にも聞こえなかった。


「よくやった! おれはカンドーしたー!」
アニキが、ヒクリをがばっと抱いて言った。

「オマエ、すごいわ。 よく頑張ったわ」
ダチも、ヒクリをねぎらった。

「はい。 声援、聞こえました。 でも、一番頑張ったのはこの子です」
ヒクリは、ともにレースを戦ったチョコボを誇らしげに見た。
ヒクリの胸には、チョコボのレリーフが刻まれた金色のメダルが輝いている。 
チョコボへの賞品はギザールの野菜だ。

 こうしてチョコボレースは、大盛況のうちに終了した。
「あー、おもしろかった」
「なんか、感動したよ」
などと、興奮さめやらない。

しかし、もう次のお楽しみが、新しい波のように人々を呑み込み始めていた。

シンラとベンゾ1  コーナートップ