ギャアアァーン! セルシウスレッドのエレキギターをかき鳴らし、金髪トサカを振
りたてて、アニキは暴れている。 
こうなってしまったアニキを止めることは、誰もできない。
セルシウスのブリッジでは、にわか結成のバンド“カモメダン”が、リハーサルの
真っ最中だ。

 オオカミレースで、大穴を狙っていたダチも呼び戻されて、ベースを抱えている。 
サングラス愛好者のダチに、ベースはよく似合った。 
ベンベレレン。 
…似合ってはいるが、特にうまいわけではない。

 シンラはドラムを叩いている。 
これはかなりの腕前で、器用にスティックを回したりしている。

「かっこいいねえ、シンラ君」
ユウナが感心する。
「音楽の才能もあるんだね」
リュックも、うん、うんとうなずく。
「ああ。 頼りになるな」
と、パイン。
 
「アニキさんだって、ステキですよお」
キーボードの練習をしていたヒクリが、大声で言った。 
が、残念な事に、ギターをひっかいているアニキには、聞こえないようだ。
「ほら、頭の感じがチョコボそっくりなトコロが」
ビャアアーン! 
不協和音が響く。
 
「うう…」 
「ね、パイン、コメカミなんかもんでないで。 あたしたちも、リハーサルやろうよ」
リュックがパインの手を握る。 
ユウナもうなだれたパインの肩に腕を回して励ました。
 
「行っくよー!」
リュックの掛け声に合わせて、三人は、ドレスフィア“歌姫”を使った。

 ユウナのドレスが変化する。 
軽やかなフリルで縁取られた青いミニ。 
正統派アイドル、といったかんじ。
 
 リュックは、いかにも元気印な、オレンジイエローと紫のハデなミニ。
「この、オヘソが見えるところが、チャームポイントなんだよねえ」
ちゃっ、と、かわいく敬礼のポーズをとる。 

  武器を手に、男ばかりの環境で戦い続けてきたパインは、女の子らしさを強調
する服など、着た事が無かった。 
着てみたい、と思うゆとりも無かった。
でも、ユウナ、リュックと付き合っていくうちに、女の子らしく盛り上がるのも、けっこ
う楽しい、と感じるようになった。
…こんな気持ち、忘れてたな…
 
 だから、“歌姫”のドレスを着たユウナとリュックを初めて見た時、パインは自分の
ドレスにも期待したのだ。

 な・の・に。 
パインを包んだドレスは、ミントブルーのこまかいフリルがついた、真っ白の
「パンツ・スーツ」。

 わたしだけ、ミニじゃないってか?
…それ以前に、こんなの、ドレスですら無いぞ! ふわりとしたスカート、リボンに
レース、それがドレスってもんだろう?

「かっこいいー! パイン、貴公子みたいー!」
パインの気持ちも知らず、うっとりするリュック。
「ふ、言ってろ」
と、無理してクールに決めたパインだった。 

 その後、手に入れたドレスフィアのほとんどが、ドレスどころか、とんでもない姿に
なってしまうものばかりだった。
…“歌姫”は、まだ、チャーミングなほうなんだな…
「ふ…」
「あ、パイン、思い出し笑い。 なに、なに、どしたの?」
「なんでも、ないったら」
もう。 つまらないところに目ざといな、リュックは。

「じゃ、楽しくやろうか」
ユウナはもうリズムをつかまえている。
…いつも不思議なんだけど、ドレスフィアでいろんなドレスを身につけると、心まで
着替えたみたいに変わるんだよね
“歌姫”を着ると、こんなに歌や踊りが上手かったのか、と自分でもビックリしちゃう。
ユウナは気持ちがウキウキして来た。

 リュックも同じらしい。 
ユウナと目が合うと、ステップを踏んで見せて、ふざけてチュッと投げキスをした。

 普段は無口なパインでさえ、頬を染めながらハミングしたり、挑発的なセリフを
言ったりする。

 三人がいい感じに温まってきた頃、マスターが大きな声でのんびりと告げた。
「お客さんだ〜よ」

 マスターに案内されてブリッジに現れたのはリンだった。
「ユウナ様、かもめ団の皆さん、お元気そうでなによりです」
リュックたちと同じアルベド族の彼は、スピラでも指折りの実業家だ。 
そろそろ、身をかためるらしい、と噂されている。

「リンさん。 お久しぶりです。 お仕事でいらしたんですか?」
ユウナたちは、リンに近づいた。 
まわりがやかましくて、そうしないと話ができない。

 リンは、ブリッジのすさまじい音など、ちっとも気にならないと言った様子で、礼儀
正しく挨拶をした。

「はい。 今日はユ・リ・パの皆様にお願いがあって参りました」
「はい?」
お願いのチェーンだなあ。 
と、ユウナの耳にパインの心の声が聞こえた。
 
「このたび私どもの店では、皆様をモデルにした人形を売り出したいと、考えており
ます」
リンのスマイル。 白い歯が好印象だ。

「ええー、あたしたちがモデル〜!?」
リュックは興味しんしん。
「どんなの?」

「見本をお持ちしました」
リンはそれぞれに、本人をモデルにした人形を手渡した。
「わあ、 …」
「か、かわいい…!」

 ユウナ人形はガンナー、リュックはシーフ、パインは剣士。
「すっごーい! 細かいところまで作ってあるー」
リュックは、子どものように喜んでいる。

「三頭身…か」
まあ、それはいいんだけど、またわたしだけ男っぽいし…
パインの唇が、ほんのちょっととがる。

「発売はいつですか?」
ユウナも人形の愛らしさに、うれしいような、照れくさいような気分で聞いた。

 リンはまた白い歯を見せた。
「実は、初回分は、もう店頭に並ぶまでになっているのです。 ユ・リ・パの皆様の
ご承認さえいただければ…」

 ユウナたちが断るはずは無い、とリンは確信して、このナギ祭に合わせて準備し
た商品だった。 
手ごたえはあった。
「…早速、販売を開始いたします。 もちろん、タダでとは申しません、お礼をさせて
頂きます」

「別に、問題はないが… これは、なんだ?」
パインは人形をひっくり返して言った。
「ボタン…?」
 
「あ、それがまた、すばらしいんです…」
リンは上品なしぐさで、説明を始めた。

「おおーい! そろそろ本番いくぜー」
そこへアニキの声がとどろいた。 

「ステージがオレを待ってるぜ」
アニキは、カマン、カマン、と皆をせかす。

「ヤッバー! ろくに練習してないよ」
リュックがあわてた。
「大丈夫だよ。 いつもの調子で、気楽に行こう!」
ユウナは慣れたものだ。

「そんな訳で、今時間が無いんだ。 あんたの仕事は好きにやってくれたらいい
よ。 悪かったな、あわただしくて」
急いだうえに歌姫のドレスでいつもよりカルくなったパインは、人形の事はそれ以
上考えず、リンにサヨナラがわりに片手を上げて、ブリッジを出て行った。

「こちらこそ、お忙しいところを、ありがとうございました」
かもめ団を見送ると、リンは小さな箱をとりだして、それに向かって話しはじめた。
「オーケーだ。 ユ・リ・パ・コレクションをすぐ店に出してくれ。 宣伝も、大きく頼むよ」
にっこりと、一人微笑む。 
白い歯が光る。
 
「リンさん、それ、な〜に〜?」
マスターと、ダーリンが、リンの持っている小箱を指差した。

「これですか? これは、持ち歩きの出来る通信スフィアですよ、ほら、ここにちいさ
なスフィアを使って…」
「つうしんスフィア〜」
「はい。 シンラ君が作ってくれたのです。 仕事の連絡をとるのに大変便利です」
「おお〜! シンラさん、すご〜いね〜」
マスターと、ダーリンの目がますます丸くなる。

「まことに。 今はまだ、連絡先も、数件、しかも近距離でしか使えないのですが、
やがてこれは、スピラ中に広がるでしょう。 
私はそのための研究費を惜しまず、彼をバックアップする所存です」
なんだかリンは、急に背が伸びたようだ。

「おお〜、スピラ中〜」
「わたしたちも、ほし〜わね〜え」
ハイペロ族のカップルは、優雅に見えなくも無い動きで、うなずきあった。

「お持ちになれる日が来ますとも。 シンラ君は確か… 携帯スフィア、そう、ケータ
イ、と名づけるつもりだそうです」
「けえたい」
「はい」

 へええ〜、ほおお〜、と間延びした感嘆の声を聞きながら、リンは気分良く船を降
りた。

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