「ナギ祭、か」
「行きたかったんだろ、ルー」
ワッカにそう聞かれたルールーは、腕の中のイナミを見た。 
かつて強い意志にきらめいていた瞳に、今は愛があふれている。
「そりゃあ、少しは、ね。 でも、いいの」
 
 二人にとっても、ナギ平原は思い出の地だ。 
ナギ祭。 どんな祭りなのか、見てみたい。 
けれど、小さいイナミに旅はまだ無理だ。

ワッカは、ルールーの肩を優しく抱いた。 
ビサイドの暖かい風に、ルールーの長い黒髪が揺れる。
「イナミが大きくなったら、いろんな所へ行こうな」
「そうね、この子にも世界を見せてあげたいわ」
ルールーは微笑んだ。
 
 ワッカとルールーは、毎日、赤ん坊のイナミをだっこして、ビサイド村の寺院前や
広場を散歩する。 
そして座り心地のいい岩に腰かけ、海や村、山や森の眺めを楽しむ。
なにもかもが、太陽の光をはじいて色鮮やかだ。 
特産品の織物を織る音、子どもたちの笑い声、いかにも南の島らしい、のんびりし
た人々の会話が聞こえてくる。

 ワッカとイナミ。 
この穏やかな日々。 
ルールーのなにより大切なものだ。
ルールーがイナミの鼻の頭にキスをすると、赤ん坊はきゃっきゃと笑った。
ワッカそっくりの赤い髪は、きっと、つんつんしたくせっ毛になるだろう。

 太陽が翌朝また昇ることを疑わず、行ってくるよと出かけた家族が、ただいまと元
気に帰ってくる。 
そんなあたり前の毎日… ようやく手に入れた、あたり前の幸せの価値を二人は
知っていた。   

 ビサイド村の広場に設置された通信スフィアが、低い作動音を発し、スクリーンに
絵が入ってきた。
このスクリーンは、リンの援助を得て、シンラが町々にとりつけたものの一つだ。 
ルカの町のスクリーンほど大きくは無いが、人々の生活をより素晴らしいものにし
ている。

[…スピラの皆様、お元気ですか? ルカ放送局のシェリンダです。 
私は今、ナギ平原に来ております。 
ごらんいただけますか、この賑わい。 はい、そうなんです、今日からこちらでは、
ビッグイベント、ナギ祭が始まりました。 
もう、わたくしも、わくわくしています。 お祭りのもようはスフィア生中継でお送りい
たしますので、どうぞ、お楽しみください。   さて…]

「おい、ルー、あれ…」
ワッカがスクリーンを指差した。 
そこには晴れやかに笑うシェリンダ、 その後ろに…
「ユウナ!」

[…コンサート会場には、あのかもめ団のライブを一目見ようと、大勢の人がつめか
けています]
シェリンダのレポートに合わせて、ユウナたちが映し出される。

「ライブ…だって…」
ワッカの目も口も、ぱかっと開いたままだ。

「やるもんだわねえ」
ルールーは吹き出した。

「ユウナちゃんが歌うんだって?」
村人が集まって来た。 

「おやおや、これはまた、ニギヤカだねえ」
「お祭りなんだよ、ばあちゃん。 ナギ祭」
「へええー、あれあれ、変わったあんちゃんが」
画面では、金髪トサカ頭の男が、ギターを抱いてクニャクニャと不思議な踊りを踊っ
ている。

「うわあーい、おもしろそー!」
子どもたちが真似をして踊りだす。 
イナミも声をたてて笑う。

「お、イナミ、ごきげんだな」
「音楽が好きなのよ」
「そうか。 あのなイナミ、今からユウナおねえちゃんが、歌を歌うんだぞ」
ワッカの目がニコっと細くなった。 
花の香りを含んだビサイドの風が、ルールーの黒髪を、ワッカとイナミの赤い髪を、
そっと撫でていった。
           

 

 ナギ平原の北はガガゼド山。 
万年雪におおわれた険しいこの山は、霊峰として、永くロンゾ族に守られている。 
彼らは皆、誇り高い戦士だが、ほんの数年前、ロンゾ族は絶滅の危機に瀕したこと
がある。
グアド族の急襲を受けたのだ。

 御山が静けさを取り戻しても、ロンゾ族の心に安らぎは戻らなかった。
血気盛んな若者たちは、グアドへの報復を叫び、出陣を決意した。

 若者たちのリーダーはガリク・ロンゾ。
彼は長老であるキマリ・ロンゾの、争いはなんの解決にも、救いにもならない、とい
う言葉に耳を貸さなかった。
言っても聞き入れてくれないのならと、ガリクを力ずくで止めたのはユウナたちだっ
た。

…戦いを止めさせるために戦うって、どうよ?
と、リュックはこっそりパインにささやいたものだ。

 ユウナが勝利した。 
ガガゼドの御山は、正しいものに力を与えるのだから、とガリクは、ユウナに従って
出陣を思いとどまった。

 しかし、ガリクの不満と不安は、彼の心深くでくすぶり続け、ついに、抑えきれな
い怒りをキマリへぶつけてしまう。
グアドに攻め込まなかったキマリをいくじなしとなじり、持っている力があるのなら
見せろと迫った。
ガリクは、力こそ正義だと信じている。 
自分より弱い者に従うつもりは無い。

 キマリはガリクの怒りを受け止めた。
氷雪のガガゼド山で、二人は闘った。

…これも、力ずく、だよね…
また、リュックがパインにささやく。

 キマリは強かった。 
小柄で無口な長老が、これほどの力を秘めていたことに、ガリクは驚いた。
雪の中に倒れたガリクの目に、キマリの体は大きく見えた。

 ロンゾの力は未来のために使うもの、その未来は皆で探し求めるもの、見えない
未来をおそれてはいけない。
キマリの声は深く、まわりの空気を、一族の心を震わせてその中に染み込んでいった

 彼らが過去に囚われているうちに、二人のロンゾ族の少年が、家出同然に広い
世界へ飛び出していた。
二人の少年。 
長老キマリを崇拝している、リアンとエイド。 
二人は、昔、長老が折られて失った角を取り戻そうと考え、旅に出た。

 キマリはリアンたちにとって、かつての脅威シンを倒した英雄だ。 
英雄には、その格にふさわしい、りっぱな角を冠して欲しい。 
二人のそんな願いは、いかにもロンゾの少年らしいものだった。

 多くの土地を旅したにもかかわらず、二人はキマリの角を取り戻す術を見つけら
れなかった。 
だから、ガガゼドに帰ったリアンとエイドは少ししょげていた。

 キマリはリアンとエイドに、この、折れた角こそ、自分の誇りなのだと言った。 
そして、二人の気持ちはとてもうれしい、と感謝の言葉をのべ、やさしい目で聞いた。
「旅は楽しかったか?」
 
 少年たちは、瞳を輝かせて、彼らの冒険を語った。 
珍しい風景、人々。 
いろんな仕事をした。 
たくさんの人に助けてもらった…

 グアドの子どもたちと友達になった、と、二人が明るく言った時、大人たちは衝撃
を受けた。
だがショックが去った心には、何か、暖かいものが生まれて来た。

 リアンとエイドはもちろん苦労もしたらしい。 
しかし彼らは顔を上げ、胸を張って言った。
「旅は、素晴らしかったです。 またいつか、旅に出たいです」
キマリは、ひとまわりも、ふたまわりも成長した少年たちに微笑んでうなずいた。

 進む道を見失いかけていた大人たちの目を開かせたのは、子どもたちだった。
ロンゾ族は、憎しみの檻から、自分自身を解放した。


 現在のロンゾ族は、キマリのもとに固く結束している。 
ガリクたち若衆は、子どもたちが立派なロンゾに育つよう、教え導く役割を担ってい
る。
強い力、強い心を持った民として、彼らはスピラで生きていくのだ。

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