第8回 「精進」して生きていく
平成29年現在、曹洞宗の布教師の道を歩み始めて13年目を迎えますが、まだ駆け出しの頃、同じ道をずっと昔から歩き続けておられる大先輩から教わった禅語があります。それは「百尺竿頭進一歩(ひゃくしゃくかんとうにいっぽをすすむ)」という禅語です。これは「仏道修行には終わりがない。何かを得て、満足したような気がしても、そこは決してゴールではなく、更に道は続いていく。」という意味の言葉です。
前回は自分に酔わないというお話をさせていただきました。自分一人の判断で完成したと思い込むと、人間は自己陶酔に陥り、それ以上、先に進むことができなくなります。そうなると、それ以上の成長は期待できません。どんな道にもゴールというものはありません。果てしなく続く道があるだけです。ゴールはその道を歩む者が勝手に作り上げたものなのかもしれません。だから、自分でゴールを定めず、どこまでも道を究めつくしていくことが必要なのです。
今回はそうしたみ教えの根拠となる具体例としてお釈迦様と達磨大師様が登場されます。「彼の祇園の生知たる端坐六年の蹤跡」はお釈迦様に関するお話。「少林の心印を伝うる面壁九歳の声名尚聞こゆ」は達磨様のお話です。
「祇園精舎」という言葉をお聞きになったことがあるかと思います。これはお釈迦様の説法道場で、「お寺」を意味します。「彼の祇園」ですから、「あの祇園の方は・・・」ということであり、お釈迦様を指していると考えればよろしいかと思います。そのお釈迦様が「生知」―生まれながらにして自分をよく知っている機根すぐれた人材であったと道元禅師様はおっしゃいます。そこには道元禅師様のお釈迦様に対する絶賛と深い帰依の念が表れているように思います。
そんなお釈迦様の「端坐六年の蹤跡」とは、29歳で出家され、35歳で悟りを開かれる(成道される)までの6年間を指しています。29歳のとき、国王の跡取りとしての保障された何一つ不自由のない日常生活や愛しい妻子といった自分の身の回りの全てを捨てて宮殿を出た(出家)お釈迦様は、以降、6年に及ぶ苦行と、そこから修行方法を転換して行われた瞑想(坐禅)によって、35歳の12月8日の明け方、朝日が昇るのと同時に悟りを得ることができました。そうした6年間の長い道のりとそれによって得られた功績(足跡)を「端坐六年の蹤跡」と道元禅師様はおっしゃるのです。「それは、ちょっとやそっとの修行ではなく、長くて険しい道のりの修行であった。そして、それを乗り越えて、始めて悟りを得られたのだ。」と道元禅師様はお釈迦様を例に説いていらっしゃるのです。
さらに道元禅師様は達磨様にも言及されます。「少林」と言えば、達磨大師の別称とも言われるくらい、達磨様と深い関係にあります。それは達磨様が「面壁九歳」―9年にも渡り、経論も読まず、仏像も拝まず、ただひたすら心を外界に執着せぬよう、壁に向かって坐禅に打ち込んだお寺である「少林寺」のことを指しています。9年にも及ぶ坐禅修行は長くて厳しいものであることは言うまでもありません。そんな達磨様に弟子入りを請い、やっとのことで許可を得た僧侶もいました。弟子入りするにもいのちがけであり、やっとの思いで師匠と弟子が通じ合うことができたのです。その様子を表すのが「心印」という言葉です。
「今も尚、“祖師”として崇拝される方々であっても、“悟りの境地(お釈迦様に近づくこと)”に達するには長くて厳しい修行を乗り越えてきたのだから、そんなにおいそれと悟りを得ることはできない。」と道元禅師様は具体的にお二人の祖師に登場していただき、悟りを得ることの難しさを説いているのです。
しかし、だからといって、道元禅師は何も悟りを得ることができないとおっしゃっているのではありません。お釈迦様や達磨様のように、自分をしっかりと見つめ、自分に対する厳しさを忘れずにただひたすら仏の道を歩み続けていくならば、どんなに困難であっても、誰もが悟りの世界に近づくことができるというのです。すなわち、一歩一歩、精進していけば、いつか必ず目標が達成できるということなのです。「精進して生きていけば、どんなことも必ず成し遂げられる。」それが、今回のお教えに込められたメッセージです。どんなことでも精進努力すれば成し遂げられる―何とも励みになるこの一言を胸に、仏の道を歩んでいきたいものです。