第7回「現代の名工 ―鼠多門(ねずみたもん)鼠多門橋(ねずみたもんばし)に秘められた仏の生き様―」

【お断り】本稿は、令和2年7月19日付北國新聞朝刊を引用させていただいております


―歩みを進れば、辺りに漂う木材の香りに心癒され、ふと見上げれば、黒漆喰(くろじっくい)海鼠壁(なまこかべ)に目を奪われ―

新型コロナウイルスの猛威が冷めやらぬ中、令和2年7月18日に完成・開門した「鼠多門(ねずみたもん)鼠多門橋(ねずみたもんばし)」は新しい時代の金沢の観光名所に相応しい、非常に魅力的な存在です。


明治期に火災で焼失し、以来、約120年ぶりの復元となった鼠多門には、石川県内の90名の伝統工法の職人さんたちの長年に渡って培われた職人技が惜しみなく注入されているとのことです。言わば、伝統工芸に携わる職人芸が如何なく発揮された最高傑作ということですが、それは鼠多門橋を歩み、鼠多門を潜り抜けてみると、肌身全身で伝わってきます。

鼠多門・鼠多門橋

そんな鼠多門の復元における最高責任者・総棟梁をおつとめになったのが石川県・志賀町(しかまち)の宮大工である佐田秀造さんです。北國新聞で紹介されている佐田さんの職人としての生き方、心構えがお釈迦様のみ教えに通ずるものだと深い感銘を受け、今回、ご紹介させていただくことにいたしました。

佐田さんによれば、鼠多門の(やぐら)内部のように太い梁や柱が複雑に組み込まれているのは、藩政期の職人さんたちが採用した工法で、木材の継ぎ目を少し段違いにすることで、美しさが垣間見えるとのことです。それは非常に複雑で、手のかかる工法だそうですが、佐田さんは、その工法を重要視します。「手を抜かずにいい仕事をするのが昔の人の特徴。私たちもそれを真似しなきゃ。大変だったけど、いい仕事ができた。」佐田さんは万感の表情を浮かべておっしゃったそうです。

こうした自分たちの道を歩んでいく上で、先人の技や教えを継承し、同じように道を歩んでいくことを、仏教では「相承」と申します。そうやって今日まで師から弟子にお釈迦様のみ教えが受け継がれてきました。それと同じように、伝統工芸に携わる名工の世界でも技や教えが相承され、人々に感動を与えていることを再認識するのです。複雑で美しい櫓の梁や柱はそうした仏法の象徴のように見えます。便利な生活を送る我々現代人にとって、こうした手のかかる作業は避けられがちですが、実は手の込んだ仕事がホンモノを生み出すのです。手間を嫌うから、どこの世界からも中々、ホンモノが現れにくくなってしまったのが、現代ではないでしょうか。改めて手をかけることの素晴らしさを佐田さんから教えていただいたように思います。

平成30年(2018年)の起工式から始まった鼠多門・鼠多門橋復元の大事業は、2回の春夏秋冬を経て、成し遂げられました。この2年間は、ほぼ毎日のように志賀町と金沢を往復なさった佐田さん。季節によっては気を張る作業も多々あったとのことです。材料に限りがあり、失敗が許されないという状況下、夏場は木材の乾きも早く、調整に悩んだとのこと。

佐田さんの2年間を拝見しながら、ふと、羽咋(はくい)市の曹洞宗・永光寺(ようこうじ)と輪島の總持寺(そうじじ)の両寺の住職をおつとめになり、朝課(朝の勤行)を修行すべく、毎朝、約60キロの道のりを往復したと伝えられる峩山(がさん)禅師が思い出されました。こうした峩山禅師様の偉業は徒歩でなされたことや、その往復距離に注目が集まりますが、大切なのは、毎日のように同じことが継続されたことです。これは決して、簡単にできることではありません。仏道を行ずるという使命に生きたからこそ、為せる業なのです。現代のように交通手段が発達していようが、短い距離の移動であろうが、どんな世界も道に生きることで、伝統が継承されていくのです。

最後に注目しておきたいのが、復元事業を通じて佐田さんが特に強い思いを持った「若手への技術継承」についてです。これまで20年近くに渡り、何度も金沢城の復元工事に携わってこられた佐田さんは、城下町の歴史や文化を守るのに必要な技が学べるとおっしゃっています。そんな通常の現場では学べぬ技こそ、若手に体験してもらうことが次世代のへの技術継承につながると佐田さんは説きます。そのためには、佐田さんは若手が働きやすい環境作りを心がけ、できるだけ口を出すことなく、若手を見守ってきたそうです。「今回の仕事を通じて自信や度胸がつくこと」を願って―。

これも中々、できることではありません。周りを見れば、引退後も手や口を出し、若手の成長の場を奪っている年長者を見かけることがあります。これでは若手は自ら考えて行動する機会を失してしまい、成長することができません。経験を積んだ年長者は手や口を出したくなる気持ちをグッとこらえて、若手に経験を積む場を提供すればいいのです。そうやって若手が成長すると共に、古来から脈々と伝わる伝統が後世へと「相承」されていくことを、佐田さんという「現代の名工」から学ばせていただきたいものです。

新しい時代の金沢の観光名所には、様々な感動が凝縮されています。是非、それを多くの方が味わっていただけたらと願います。勿論、コロナが落ち着いた安全な環境の中で―。