「昭和九年会」は昭和9年生まれの芸能人の会で、メンバーを見ると、石原裕次郎氏、坂上二郎氏、長門裕之氏、大橋巨泉氏、愛川欽也氏、藤村俊二氏と、錚々たるメンバーばかりがその名を連ねています。裕次郎氏は映画や歌の世界で多くの人々を魅了し、俳優・歌手として名を馳せました。巨泉氏は司会者として、お茶の間の顔となった方でした。そうやって見ていくと、昭和九年会メンバーは、まさに、それぞれの道で精進を重ね、見事に達成させた道のプロばかりだったことに気づかされます。
故人様は享年86歳。昭和9年生まれだったそうです。中学校を卒業と同時に板前の道に入った故人様は、30代半ばのころ、ご縁があり、トヨタ自動車の社員食堂で企業戦士たちの食事作りの任を司ることになりました。ちょうど時代は高度成長期の真っ只中、マイカー時代≠ェ到来した時期です。当時のトヨタ自動車は国民車構想の影響を受けて誕生したトヨタ初の大衆車であるパブリカに始まり、後に年間世界販売第一位までに成長する大衆車・カローラ、ファミリーカーのコロナ(令和の時代ではウイルスですが・・・)、高級車のクラウンやマークU、スポーツタイプのセリカといった時代に合致した個性的な商品がどんどん世の中に登場していた時代です。以前、トヨタ自動車の開発部門にお勤めになられた方にお聞きしたところでは、無限の可能性を秘めた自動車の技術をどこまで引き出せるか、社員たちは時間が経つのも忘れ、人様に喜ばれる商品づくりに没頭したとか。その結果、数多くの魅力的な商品が誕生したわけですが、その背景には、企業戦士たちの心や身体を、食を通じて支え続けてきた故人様の存在があったことを忘れてはならないように思います。
「飽食の時代」と呼ばれ、見渡せば、溢れかえるほどに食べ物が存在し、場合によっては、食べきれずに捨てているような時代を生かされている私たちは、無意識のうちに食を粗末にする日常を送っています。そして、それと同じ感覚で、食事作りやその職に就いている人々を見下し、差別的な関わり方をしてしまうこともあります。しかし、よくよく考えてみれば、食は私たちの心や身体を育むと同時に、私たちが健康な毎日を送る上で欠かせない存在なのです。飽食の時代の中で、そうした食の本来の意義や自分たちとのつながりというものを再確認してみると、決して、食を無駄にしたり、食事作りに携わる方々を見下したりすることができなくなるはずです。
曹洞宗の開祖・道元禅師様は食事の作り方やいただきかたを仏道修行の次元にまで高め、「典座教訓」としてまとめていらっしゃいます。「典座」とは、禅の修行道場において、修行僧たちの食事作りをすることを修行としている僧侶のことで、典座教訓では、典座の心構えや日常の修行について触れられています。そこでは、食材やメニューの良し悪しを決めて、差をつけることなく、食事をいただく人が喜んでいただけるような調理を心がけることや、調理器具の置き場所などを整理して、よき食事作りができる環境を調えること、いなどが示されています。まさに、故人様はトヨタ自動車の社員食堂で企業戦士たちを支え続けた「典座」のごとき存在であり、そうした道一筋に生きることが、その人の生涯を輝かせていくと共に、私たちがいただいたいのちを生きていく上で、重要なことの一つであることを、調理の道一筋に生きた故人様から学ばせていただきたいものです。
【ここで、戒名のご説明をさせていただきましたが、個人情報保護等の観点から、掲載を省略させていただきます】
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