第8回「競技を通じて人を育てる ―全国に拡がれ、総監督の理念―

【お断り】本稿は、令和2年8月13日付北國新聞朝刊を引用させていただいております


輪島市門前町で約50年に渡り、ソフトボールで、数百試合の指揮を執りながら、後進を育成し、多くの人とのご縁を育んでこられた室谷妙子総監督。ソフトボールにおける女性指導者の草分けとして、門前高校ソフトボールを強豪校に育て上げられました。また、多くの若者に人間として生きていく上で大切にすべきものを、ソフトボールでの実体験を通じて、お伝えになりました。そうした室谷総監督によって、多くの人がソフトボールでつながり、町は活性化していきました。その功績は大きく、これまでスポーツの世界とほぼ無縁で生きてきた私にも、総監督から生きるエネルギーをいただきました。

そんな室谷総監督は8月の交流試合を以て、指導者を引退なさるとのことです。総監督にとって最後の選手となった教え子たちは、総監督の花道を飾ろうと、最後の試合に全力を注ぎました。「勝って終わろう」と。

しかし、結果はサヨナラ負け。悔し涙をにじませる選手たちに室谷総監督は、教え子たちの心情を十二分までに察しながら、「泣くな。素直に聞こう。することをしないと負ける。これからの人生だってそうだよ。」と敢えて厳しい言葉で語り掛けながら、選手たちを存分に労われたとのことです。

結果がどうであれ、自分が歩んできた道を同じように歩む後進たちに、道の厳しさから人生まで、全てを厳しくかつ、穏やかに語ることができること。これぞ道に生きてきた方の生き様であると感じます。その一言一言に重みと深みがあります。勝ち負けだけにこだわり、結果だけを見て、一喜一憂することが、いかに無益なことか。道を真剣に歩んでこられた方はそんな表面的なことに捉われず、観音様のごとく広く深い視点で、周囲のいのちと関わっていることに気づかされます。

半世紀に渡る室谷総監督のソフトボール人生の中で、多くの人が総監督を慕い、その教えに耳を傾け、一生懸命に生きてきたことが、数枚の新聞記事からしっかりと伝わってくると共に、お釈迦様や道元様、瑩山様といった祖師方の元に、多くの人が集い、そのみ教えを受けて、仏に近づいいきましたが、それと同じことが、ソフトボールというスポーツの世界で為されていたことを知り、ただならぬ感銘を受けるのです。

室谷総監督と多くの選手たちが汗を流してきた門前高校の側には、曹洞宗の大本山總持寺祖院があります。瑩山禅師様によって開かれた曹洞禅の古刹で、そのみ教えを高弟の峩山韶碩(がさんじょうせき)禅師様始め、瑩山禅師様に帰依する有能なお弟子様方によって、全国的に広まってきました。そうした禅の世界のみ教えが、室谷総監督が率いてこられたソフトボール部始め、現代の門前における様々な世界とつながっているような印象を受け、只々、頭が下がるばかりです。門前高校のソフトボール部は3年生の引退によって、5名の2年生部員が残ります。新人生以降は他行との合同チームでの出場になるとのことですが、室谷総監督が50年間で築き上げてきたものが、門前の地に根付いたまま、かつての曹洞禅の如く、全国に花を咲かせ続けていくことを願っています。